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確かに触れた柔らかい何か

 どうでもいいことだが、クラリシアとパラステアは今、緊張状態にあるらしい。

 いや、すでに冷戦状態といっていい。

 何か一つ切っ掛けがあれば戦争に突入する程の危機的状況。


 さらに、魔法国家でありながら城下町は無く、地下、あるいは離れた場所に幾つか町や村がある程度なのでクラリシアの兵力はパラステアに数倍劣る。


 それを補う魔法力も、王女であるネリウ然り、他の魔術師もそこまで強力な魔法を扱えるわけではない。

 いや、単体相手ならばまず圧勝するらしいが、相手の戦力が余りにも多すぎる。


 だから、彼らは王女であるネリウとパラステアの王子とを婚姻させることで戦争を回避する算段を取り付けた。

 しかしだ。本来望むべくもないこの婚姻、ネリウはもとより彼女の母も娘の幸せを願い反対に回っていた。


 戦争を回避したい国王とその側近連中によって強引に推し進められた婚姻だった。

 だが、ネリウの母はなんとかこれを後回しにするため、俺たちの住む世界で異世界留学をすることを提唱させ、ネリウの見識を広めるという理由で婚姻を長引かせていた。


 その間に、ネリウは婚約を解除して、冷戦を解消できる方法を探していたのである。

 そこで選ばれてしまったのが、俺だった。

 それは容姿云々の問題じゃない。

 冷戦をどうにかできる戦力、怪人であるということ。


 幸いにも、この国には婚約の儀というのがあるらしい。

 好き合う王女もしくは王子と、その恋人が洞窟へと入り、婚約指輪となるレインボータートルを取ってくる事。


 王族のみに伝わる儀式のようなもので、二人きりである事と、その後に誰かの目の前で男が女の薬指に填めてやること。

 この二つを持って婚姻が正式に行われたと判断される。


 俺は、城門前で、門兵たちの目前で行ってしまっていたので、この儀式を形式通りに済ませたという事だ。

 正直、知らなかったとはいえ、完全に巻き込まれたうえに騙された。


 まぁ、向こうに蛇男が現れた時点で事実上婚約など破綻ではあるものの、その前に俺たちの婚姻は成立してしまったのでどのみちパラステアとの戦争は回避できないだろう。

 問題は人質があるかどうかの違いだ。


「とりあえず、パラステアは今のところ放置しましょう」


 とはネリウの言で、クラスメイト捜索を優先させるらしい。

 ネリウは母親と共に魔法陣の間に残り、他のクラスメイトの動向を調べるそうで、俺たちはその間、大井手を待つべく城門前へとやってきていた。


 パラステアにクラスメイトの殆どが揃っても、俺たちが向わない限り、蛇男どもがクラスメイトに何かすることはないだろうと楽観視しての判断だ。


 悪の秘密結社といえど独自の矜持がある。

 蛇男たちが目的達成まで一般人を生かす事は確率的に高いからだ。

 これは俺も秘密結社側の人間なので確実の粋に達する判断だろう。

 蛇男たちは、クラスメイト全員が揃うまでは危害を加える事はないはずだ。


「つかよ、大井手さんが本当にヒーローか何かなのか?」


「あたしが知るかよ? 河上こそ自称ヒーローなンだろ? 聞いた事ねーのか?」


「ヒーローだって全員が全員知ってるわけじゃねーよ。俺らは人前で変身するけど、秘匿性を重んじる奴は正体を明かさないからな」


 正体をバレないように……か。

 むしろ怪人の方が多いと思うんだけどなそういうヤツ。

 大井手さんが俺みたいに怪人だったらどうする気だろうこの二人。


「あ、あれじゃないか?」


 ふと上を向くと、何か空気の揺らめきがあった。

 微かな違和感だったので気のせいかと思うが、多分合ってると思う。

 普通の人間にはバレないような能力を使っているんじゃなかろうか。


「大声で呼んでみてくれ、手塚」


「あ、ああ。お、おーいマッキーッ!」


 小さい身体を目いっぱい広げ、両手を大きく振りながら叫ぶ手塚。

 相手が見当たらないのでかなり恥ずかしそうだ。

 これで誰も居なかったら俺は手塚に睨まれるだろう。

 カツアゲだけは止めてくれ。


 しかし、それで空気中に変化が起こる。

 揺らめきがゆっくりと降下してくる。

 頭上2メートルくらいになるとはっきりと揺らぎが見えた。


「え……マジで大井手?」


「よ、よくわかりましたね皆さん」


 姿は見えずとも、声だけが聞こえてくる。

 うん、どう聞いても大井手の声だ。


「えっと、何処にいるんだ?」


「あ、ここですここ」


 どこだよ? 

 思わず大井手を探して歩きだす。

 それがいけなかった。


 つい振った右手が柔らかな固まりに触れた。

 あれ? と思いながら、とりあえず二度程揉んでおく。


「い、いやああああああああああああああ、ダムド――――ッ!!」


 刹那、俺の真正面から腹部へありえない衝撃が来た。

 強烈な衝撃波で城門の壁に激突。

 肺に溜まった空気が全て吐き出された。

 これ、一般人なら確実内蔵破裂で死んでる……ぐふっ。


 俺、殺される?

 壁伝いにずるずると滑り落ちる俺。

 突然の出来事に手塚も河上も唖然と俺を見送っていた。


「あ、ご、ゴメン薬藻君っ」


 俺は一体何を触った? それすら理解することなく、俺の意識は静かに消えていった。




「えー、と、ごめんね?」


 作戦会議室で目覚めた俺に、ずっと待っていたのだろうか大井手が心配そうに声を掛けてきた。


「やっぱり、大井手で合ってたのか」


「あ、う、うん……戦闘員が向ってて誰も間に合わないって言うから。自分

なら間に合うのに、行動しないわけにはいかないから」


 気恥ずかしそうにうつむき、俺から離れて椅子に座る大井手。

 そこにはすでにテーブルを挟んで手塚と河上が座っていた。


「なんだ、お前らいたのか?」


「アホか? ほら、武藤もさっさと座れ」


 河上に促されて起き上がる。


「うぅ、腹が痛い」


 呻きながら椅子に座ると、大井手が申し訳なさそうに身を縮める。

 しかし、なんだったんだろう。

 まだ掌に柔らかい何かの感触がある気はするんだが、自分が何に触ったのかは全くの謎だ。

 予想はできるが、きっと墓に入るまで真相が判明することはないだろう。

 自爆装置のついた俺が墓に入る事があるかどうかは不明だが。


「それで、向こうはどうだった?」


「あ、うん。御影君と綾嶺さん、あと八神さんが居たわ。一応、ここの場所に行くよう促したから来てくれると思う」


「やるじゃん。でもさ、なんで一緒に来なかったんだ?」


「だ、だって、正体見られたくないし、恥かしいし。本来だったらグラビティ・テリトリー内で活動するから人に見られる事ないし、その中にいる間は人に姿も見られないんだけど、声で分かっちゃうし、恥かしいし、頑張って口数は少なくしたつもりだけど、バレちゃったみたいで、恥かしかったし」


 一番の問題は恥かしいから、らしい。

 戦闘員だけ倒して超高速で戻ってきたのか。

 一応、最後にここに向うよう伝えたらしいのでしばらくしたらその三人はクラリシアに来てくれるはずだ。


「でもよマッキー、なんであたしに言ってくれなかったンだよ?」


「で、でも、その、変な人に思われないかなって。私、魔法少女になっちゃ

ったの。なんて、いきなり言われて信じれる?」


「電波だと思うね、確実に」


 まぁ、普通の反応だね。というか、魔法少女?

 大井手さんが……似合わない。いや、別に悪いってわけじゃないんだけどさ。

 ぶっちゃけ地味過ぎじゃないかと……ゲフンゲフン。


「大井手さん、魔法少女なのか」


「あ、う、うん。この年で、その、恥かしいよね。愛と光の使者とか、自分だって言ってて恥かしいもん」


 大声で決まったセリフを吐いている大井手を想い浮かべて納得。

 もうちょっと可愛らしければ納得できそうだけど、大井手がやると、まさにコスプレ……というか、モブキャラというか……敵を全滅させる前に負けて主人公に美味しいところを持っていかれるお約束キャラにしか見えない。

 見た目が完全にサポートキャラなのだから。


「そ、それで、ち、近くに戦闘員近づいてたんだったよね? 私も、もう能力出し惜しみしないから」


 もう自分の話は恥ずかしいので止めてほしい。という思いを含めて、大井手が話しを変えてきた。


「あ、あーそれは……」


 意気込む大井手を見て、俺は残りの二人を見る。

 二人ともなんとなく言いづらそうに顔を背けていた。

 仕方なく、俺が代表する事にする。


「すまん大井手」


「はい?」


「もう、倒したんだ」


 大井手が停止した。

 意気込みが全て空周りした事を知った彼女は恥ずかしさとやるせなさに涙目になりながら顔を赤らめ羞恥に震える。


「ま、まぁ、アレだ。これで人外が三人になったっつーわけだな」


「じ、人外って、しーちゃんひどいっ」


「だ、だって、ほら、マッキー魔法少女だろ、河上は戦隊ヒーローの赤だし、ネリウは異世界の魔法使い」


 しかもお姫様と来た。

 ただのクラスメイトだと思っていただけに確かにショックがでかい。

 三人も異常人、ああ、俺を入れて四人か。

 いるわけだから……あれ? これってさ、手塚も……なんてことはないよな?


「にしても、俺だろ、ネリウさんだろ。んで大井手さん。とくれば、お前らも変身できたりしないのか?」


 俺の考えと同じ結論になったのか、河上が何気なく聞いてくる。

 手塚は自分を指さして、意外そうに眼をしばたかせる。


「あたし? 残念ながら普通の高校生よ。昔はそりゃ魔法少女とか憧れたりはしたけどよぉ、あたしら高校生だぜ? この年になってそんなの無理だって……あ、いや、別にマッキーを悪く言ってるわけじゃなくて、あたしにはそういうの向かねーっつか、そ、そうだよ、武藤はどーなンだよっ」


 大井手が涙ぐんでしまったので、慌てて言い直す手塚。

 その過程で俺に飛び火した。


「お、俺ぇ!?」


「あーそりゃ確かに、気になるな」


 河上が底冷えするような目で威嚇してくる。


「あの強力な戦闘員と戦って一人で倒したんだろ?」


「そ、そういえば、しーちゃん庇った時頭蹴られてたけど……あの戦闘員の攻撃、かなり強いよ? 生身で当ったらその……く、首が飛んでてもおかしくないというか……ハンドガンが破壊されてるの見たし」


 大井手、さすがにそれは言い過ぎ……でもないかもしれないな。

 俺はそれを防ぐために手塚を庇ったわけだし。


「あー、えっと、その……」


「薬藻は私の婚約者よ」


 どう言い逃れすべきかと戸惑っていると、ドア越しに冷めた声が飛んできた。

 庇うために言ってくれたのだろうが、それは藪蛇だ。

 いや、藪から蛇ばかりか熊やらライオンが飛び出した。


「こん……」


「やく……しゃ?」


 ドアを開いてネリウがやってくる。

 声に振り向いた手塚と大井手の様子が何故かおかしい。

 手塚に関しては殺意すらうっすら滲みでている気がする。


「ふふ。見て、この婚約指輪。薬藻が私の指に填めてくれたのよ」


 話を余計ややこしくするヤツが乱入してきやがった。

 しかもそれは禁句もいいところだろ。なぜか手塚からの視線が痛過ぎるんだよッ。


「ちょ、ちょ、武藤っ、どういう意味だ!?」


「そ、そうだよっ、婚約者って、お二人ってそういう関係!?」


「う、嘘だよな武藤? ね、ネリウの悪い冗談……じゃ?」


「ま、まぁ待て、落ち着け。とにかく落ち着こう。この問題はさっき解決したんじゃないのか!?」


 だが、よく考えると問答無用にぼっこぼこにされた記憶しかなかった。

 ネリウの冷めた微笑みが憎たらしい。

 ちくしょう、孤立無援だ。

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