特別編・ある女生徒の冒険1
本来、何の変哲もない日常の一コマが送られるはずだった。
数学の先生は声が大きく無駄にウザったいが、教えるのは上手い先生であった。
しかし、である。
突如乱入してきた全身タイツの変質者共によって日常は終わりを告げおった。
しかも、である。儂の暇潰しを邪魔するばかりか、数学教師を屠り、次はクラスメイトを一人づつ殺すとか蛇男が言いおるわ。
思わずブチ殺してやろうかと思ったくらいである。
ま、まぁ儂の力で何とかできるものでもないのではあるが。
儂、田中ナナシ……いや、むしろここは本名を名乗らせて貰おう。
宵闇の覇者にして遥か遠くイギリスよりやってきた美しき吸血鬼、ヌェルティス・フォン・フォルクスワーエンである。
まさか儂ともあろう者がなにやら転移魔法らしきモノに巻き込まれ、故郷の森に似た場所に放り出されるとは、夢にも思わなんだ。
確か、山田とか言ったかあの小娘。
幾ら緊急回避とはいえ、このような場所に連れ出されるのはいい迷惑だ。
そもそもあの蛇男が儂を殺せるはずも無し。
いざとなれば蝙蝠や霧に変化して逃げられたものを、こうして炎天下に放り出されて儂は死にかけておる。
ああ、全く憎らしい。
なぜ儂がこんな目に会わねばならんのだ。
ふふ、もはや詰んだ。
儂はどうやらここまでらしい。
最後の最後がクラスメイトの魔法に巻き込まれた転移先で日の光を浴びて昇天とは、吸血鬼仲間に笑われそうだ。
「ふふ、見るがいい。我が肌が焼かれておるわ」
「ナナシよ。私の見間違いだろうか? お前の手はとてもすべすべしているようだが?」
叢にうつ伏せで倒れた儂が呟くと、何故か声が降ってきた。
儂の偽名を知っているということは、どうやらクラスメイトらしい。
「なんだ、儂以外にも近くにおったか」
「うむ。だが、どうやらこの付近には私達三人だけらしいな」
降ってくる声から察するに女性であろう。
口ぶりが老成している事から察するに、シャオのヤツで間違いなかろう。
「シャオよ。儂の最後の名言、後世に伝えてくれい」
「阿呆か? さっさと立て。全く厨二病とは厄介な病気らしいな。どんなに設定したとしても貴様は日で焼けることはない健康体の人間だぞ」
「な、何を言うておる。わ、儂はついさっき日の光を克服しただけなのだ。そ、そういう設定……じゃなかった。と、とにかくだなシャオよ。ここはどこだ? というか、なぜ儂らは森におる?」
余り話を拡大させてもシャオのヤツに呆れられると思い、儂は仕方なく立ち上がる。
金色に輝く髪を揺らし、華麗に立ち上がった。
最後に頬に纏わり付いて来た髪を右手で払いのけておく。
セミロングという髪型に、馬並み尻尾が左右に二つ。それが儂のポリシーだ。
眉毛は黒いが、これは日本へ招かれる際、わざわざ染めてやったものである。生まれ付きではないぞ。本当だからな。
普段吸血鬼は自分の領域から出られんのだが、儂はある家族に日本に招いて貰ったでな。
その家族にホームステイをして今の学校に通っているのだ。
「おい、坂崎。貴様もこちらへ来い」
さらさらな黒い髪を揺らすシャオ。ポニーテールに纏めた髪が坂崎に振り向いた瞬間揺れ動く。儂の前でだ。
なんだろうな、こう、ふりふりと動く様子を見ておると、無性に跳び付きたくなるのは?
本名、聖龍華。読みは【シャオロンファ】と読むらしいが、言いにくいので【せいりゅうか】と読んでいいと言われている。
儂としてはシャオの方が声を掛けるのもちょっとカッコイイ気がするのでこちらを呼ばせてもらっている。
揉みあげ部分というべきだろうか? 左右の髪が肩元まで伸びている。
背丈はかなり低い。おおよそ七、八歳くらいに見える背丈である。
顔立ちは儂ですら見惚れる程綺麗なはずなのだが、何時も鳳眼が顰め面しているせいでどうにも恐怖感の方が強い。
いつも気難しい顔をしているので男子人気は殆どなかった。
惜しい美人というヤツである。
クラスメイトとなった時は驚いたものだが、彼女はいつも真っ白い布に包まれた長い何かを持っていた。
その長い何かは、彼女の身の丈三倍はある大きな物で、持ち手の辺りは棒状なのだが、頭頂部から斜め前へと曲線を描くように布が巻かれている。
薄々、皆理解しているのだ。アレは、鎌だと。
それも死神が持っているイメージのようなものだと。
でも、誰もそれを確かめる気にはなれない。
一度、儂も聞いたことがある。その布の中身はなんなのだ? とな。
すると、奴はこういった。
「これはトト様からのプレゼントだ」
それしか言わないのだから無理に確かめる気にもなれない。
下手に調べて本当に危険物が出てきた場合、儂が処理されかねんしな。
即断即決のシャオは自分の利する所を見ると相手が誰であれ消すだろうしな。あいつはそういう奴だ。きっと。
さて、そのシャオに呼ばれた坂崎。
儂に見覚えは……おお、顔は見たことあるぞ。でも名前は覚えておらん。
というか、おそらく儂との関連はないのだろうな。
友達の友達という奴だ。
坂崎と名乗る男は冴えない男だった。いや、むしろ女か? いや、やはり男だ。男子生徒の服を着ている。
しかしだ。顔は少女のようだし、肩は撫で肩。
加えて所在無さげに戸惑っている様子は庇護欲がそそられる。
「あ、あの、その、どこなんですかここ? ぼ、僕、その、教室にいたはずなのに。ふ、二人も、その……一緒にここに来たんだよね?」
対人関係が気薄なのだろう。かなりどもりながら小声で話しかけてくる。
うむ。ウザい。
なので坂崎など名前を覚える気にならない。
ウザ男とでも呼んでやろう。
「私が予想できる現象は、山田が何かしたらしい。ということか。どうやら教室からどこかへ飛ばされたと思った方がよかろうな。貴様が喜びそうな現象ではないか」
それは儂の事を言っておるのか?
「ふふ。確かに、山田が魔法を使い儂らを蛇男から護るように遠くに飛ばしたと考えられるが、問題はそこではなかろう」
そう、それはただの現状だ。問題は、これからどうするか。
「ふむ。少し歩いて現在地を調べるべきだろうが……?」
突然、シャオの瞳がきゅぅっと細まった。
その顔を見た坂崎がひぃっと悲鳴を上げる。
「どうやら、本当に魔法でも使われたのやも知れんな」
意味不明な事を呟き手にしていた白い布に手を掛けるシャオ。
「二人とも、右から来るぞッ!」
何が? と思う間もなく、そいつは現れた。
巨大な、それはもう巨大なクマさんが……涎を垂らして現れた。
儂の脳内でぴったりな歌が流れる。
あるー日、森の中とかいう歌い出しだ。歌詞は最初の方しか覚えておらんかったが、そんなことはどうでもよかった。
「なぜクマっ!?」
「ちょ、ちょっと待って、このクマ、腕が四本あるッ」
ウザ男が珍しく声を張る。
なるほど、確かに腕が四本だ。
そうか。これは夢だな。クマの腕が四本もある訳がないではないか。
そうだそうだ。だから儂は日の光の中でも行動できているのだ。
今は自宅の棺桶の中で眠っている最中なのだ。
だから、これは現実逃避でなくて夢であって……
「莫迦者ッ、逃げろッ」
龍華の声で儂はハッと我に返る。
目の前には巨大な四本腕のクマ。
立ち上がると見上げるほどの大きさだ。
あれ? なぜ腕を振り上げていらっしゃる?
あ、それ振り下ろすのか?
ちょ、待て待てクマさんや、振り下ろした先には儂がおるではないか。
儂は、逃げる事はなかった。
そもそも逃げるということが考えと行動から抜け落ちておったのである。
目の前に非現実が居るのだから当然であろう。
だから、目の前へと迫る巨大な腕を、ただただ忘我の境地で見守っていたのである。




