雨唄
空からこぼれる雨粒が、地面を叩いている。
雨粒は空と地面の間を通り過ぎるうちに、線のように細くなることもなく、まん丸の粒の形をたもったまま、地面へと落ちてくる。
地面や家の屋根に落ちると、軽く弾んで、それから割れて水になる。
外を歩く人は、傘を差さずに足下だけ長靴を履いている。
雨粒は身体に当たっても弾むだけで割れることはないから、傘は必要ないのだそうだ。
「不思議な光景だね」
僕が口を開くと
「私たちには、これが当たり前なのよ」
彼女が微笑みながら返した。
ぼんやり外を眺めながら、なんだか小さなピンポン玉が降っているみたいだ、そんなことを考えていた。
部屋の隅では、石油ストーブが真っ赤になって熱を発し、独特の包容力をもった香りがあたりを包んでいた。
私は六畳ほどの小さな部屋のベッドで横になっていて、彼女はベッドの横のパイプ椅子に腰掛けて、本を読んでいる。
時折、視線を本から上げると、私に軽く微笑んで、また視線を本へと落とした。
私は次々落ちてくる雨粒を眺めながら、取り留めのない鼻歌を口ずさんでいた。
「雨がそんなに楽しいの」
彼女はちょっと呆れ顔だ。
「うるさいし、足下は汚れるし、いいことなんてひとつもない。
そりゃあ、まったく降らないんじゃ、困っちゃうけど」
「僕の世界の雨は、もっと寂しい感じなんだ。
足だけじゃなくて、手も肩も塗れるから傘なしじゃ歩けないし、それにとても寒い。
ここの雨はどちらかと言えば、賑やかだ。
雨音も打楽器の演奏を聴いているみたいにリズミカルだよ」
そういって私は目を閉じた。
「そんなものかしらね」
「そんなものだよ」
心地よい沈黙が訪れると、彼女は再び本に目を落とした。
「ねぇ、さっきから何を熱心に読んでいるんだい」
彼女は本に目を落としたまま答えた。
「世界中を旅して回る旅人の物語よ。
深い山の奥にわけいって、広い海を渡って、色々な場所を回るの。
もしかしたら、あなたの国も出てくるかもしれないわね。
そうしたら、私もいつかそこへ行けるかもしれない」
彼女は本をパラパラと数ページめくっていく。
「僕の国へは、そういった方法で行くのは難しいと思う。
僕の国へ行くことは、本の中へ入っていくとか、他人の夢へ入っていくとか、きっとそんな感じなんだ」
「ふーん、つまらないわね」
彼女は少し残念そうだ。
私は彼女の期待を裏切ってしまったことを申し訳なく思ったが、事実なのだから仕方がない。
そもそも行き方が分かっていたら、私がこの場所に止まっている必要もない。
雨は相変わらず、賑やかなリズムを刻んでいる。
私は記憶の中にある、あの寂しい雨の歌声を思った。




