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紫電の剣士  作者: 鷹峰悠月&若臣シュウ
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一、反逆者(4)

 ぱちん、と焚き火が幾つか弾ける音。

 クリスは青い髪の暗殺者と共に、森で焚き火を囲んでいた。

 王城を脱出し、王都フォルシアを離れ。二人は森を主な逃走経路とし、人目を忍んで北上を続けている。

 城での出来事から数日が経過していたが、その間どちらも言葉を発することはなかった。

「それで、何処へ向かっているんだ?」

 ふとクリスは顔を上げ、そう尋ねた。

 名も知らぬ暗殺者の外套が焚き火の灯りで揺らめき、幻でも見せられているような錯覚へ陥りそうになる。

 蜃気楼のように、ゆらりとこの人影も消えてしまうのではないか――と。そう、本気で思えた。

 信じていたものが音を立てて壊れ、立つべき土台を失ったクリスにとっては、何もかもが現実味を持たなかったのだ。

「……『パニッシャー』って名前くらいは、聞いたことがあるんじゃないのか」

「パニッシャー……?」

 それは、ノルン王国を拠点として暗躍する暗殺組織の名称だった。

「確か、義賊としてノルン国民には英雄視する者も少なくないと聞いている。

 君は……もしかして、パニッシャーの一員なのか?」

 ぱちん。

 炎が跳ねる音がひとつ。暗殺者は静かに紺玉の双眸を伏せると、おもむろに小枝を拾い、火にくべた。

 僅か、外套で隠れていた腕が覗く。

 包帯を巻いた腕に、幾つか腕輪のようなものを着けていた。魔力晶石を編みこんだアミュレットである。

 麻糸で編み込まれた文様は、装着者が女性の場合に刻まれるものだ。

「クラリス=トラスフォードは有名だ。偽名でも考えておくんだな」

 無造作な言葉。クリスはそれを肯定と受け取り、ふむと唸る。

「クリスという名前は、別段珍しい名ではないし。

 目立たなければ問題ないだろう」

 首を傾げる銀髪の麗人に、青い髪の暗殺者は白い目を向ける。

「……あんた、本気で自分が目立たないとでも思ってるのか?」

「えっ?」

 只でさえ珍しい銀髪に、紫水晶の双眸。おまけにその美貌である。

 しかし、きょとんと目を丸くするクリスに、彼女は告げる言葉を持たなかった。

「あー……まあいい。

 とにかく、あんたは自分が思っている以上に他人の目を引く、ってことだけ覚えときな」

「よく判らないが、判った」

 こくんと頷く。それは判ったと言えるのかどうか。 

「どうせ都から離れた辺境にばかり回されて、国の内情は何も知らないんだろう。あんたが思っている程、事態は甘くないってこった。

 フォーレーンは……もう滅茶苦茶だ」

 忌々しげに、暗殺者は吐き捨てる。

「そうだな。……君の言う通りだ。

 僕は――何も知らない」

 幼い頃から、王子達とも兄弟のようにして育ったのに。自分はあまりにも、国の現状を知らずにいた。

 眉を寄せ、唇を噛む。じわ、と鉄に似た味が口中を満たす。握り締めた掌には爪が食い込んでいた。

 ぱちん。……ぱちん。

 焚き火の音だけが、静寂の中でいやに耳朶に残る。

「守れると……思った。この国を、皆を。

 この剣で守れると……思っていたんだ」

 不意に、クリスの唇からそんな言葉が漏れた。

 握り締めていた左手を、じっと眺める。痛々しく残った、半月状の爪跡。

「強くなれば……守れると思っていた。

 英雄になりたかった訳じゃない。ただこの剣で、人々を守れればいいと。

 ――でも、」

 『逆賊』。

 それが、紫電の剣士に与えられた最後の称号だった。

「……ぼく、は」

 ――国民がどんな目に遭っていたかも知らず、親友ひとり守れなかった癖に。僕はふたつの眼をもって、何を見ていたのだろう。

 視界が滲む。クリスの周りだけ雨が降ったように、土が湿り気を帯びていた。

「知らなかったなら、知ればいい」

 少女の独白を遮ったのは、青い暗殺者の声。

 口ぶりから、自分はパニッシャーの拠点へ案内されるのだろうと察し、クリスは顔を拭うとこう問いかけた。

「……僕に、暗殺者になれと?」

「べつに。そうは言わねぇさ。あんたは自分の知りたいことを知ればいい」

 視線を逸らし、無機的に答える相手。

「そう、か。

 ところで……ずっと疑問だったんだが、どうして僕を助けてくれたんだ?」

 質問する機会を逸してしまっていたが、それこそクリスが今、最も知りたがっていたことだった。

「そうでもしなきゃ、遅かれ早かれ自害してただろうが」

「……う」

 思いっきり図星を指された。

「悪いが、あんたに死なれたらこっちが困るもんでね。それに、あの坊やが――」

「坊や?」

「いや。……こっちの話さ」

 暗殺者はくくっ、と笑みを含み、愉しげに目を細める。

「???……まあいいか」

 一度は怪訝そうな顔をするも、特に気にするでもなく、クリスは髪をひと束摘み、そういえば、と漏らす。

「この髪も……語り草になっているんだったか、何故か」

「お、おい?」

 立ち上がり、左手を剣の柄へ添えて。

 ばさっ!

 その長く艶やかな銀髪を、クリスは愛剣でばっさりと切ってしまった。

 月灯りに似た銀糸のヒカリが、白い指から解き放たれ。はらはらと羽根のように舞い散り――やがて炎の中に消える。

 幻想的で神秘的なその光景は、さながら一枚の宗教画。

「あー……勿体ないことを」

 青い暗殺者は頬杖をついたまま、消えゆく銀の光をただ眺めていた。

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