一、反逆者(3)
しゅんっ!
ふたりの間を遮るよう、ひとすじ白い光が瞬いた。
「ひっ……!?」
瞼を閉じていたクリスは、ジークの上擦った悲鳴に思わず目を見開く。
そして、壁に一本ナイフが突き刺さっているのを見た。
「なっ、何者――」
問いかけようとして、ジークは喉元に刃を突きつけられる。壁に刺さったものと同じ、暗殺者や密偵がよく用いる小振りのナイフ。
密偵――否、暗殺者、だろうか。
天井から降ってきたのは、長い外套が特徴的な、青い髪の人物。
「おっと、声は出すなよ。
それに――用があるのはアンタじゃない」
「く、貴様……!」
ナイフは正確にジークの喉へ向けられているが、青い髪の暗殺者は視線をクリスから外さず、羽織っていた外套を投げつける。
「……わっ!?」
どさ、と彼女の両手に収まる、枯草色のマント。
それと相手を交互に見ているクリス。そんな様子に苛立ったのか、闖入者は顎をしゃくって廊下へ続く扉を示す。
ジークの命を狙った暗殺者かと思ったが、どうやら若干異なるようである。
クリスはやや逡巡ののち、こくりと頷き、言われるままに廊下へ飛び出した。
ごめん、と。
幼馴染みに、呟きひとつ残して。
衛兵は、城内の廊下にも多く配置されている。……はずなのだが。
「ぼやぼやするな、行くぞ」
「あ、……わ、判った」
衛兵の姿が見られないわけではない。ただ、一様にノされてしまっている。
ほぼ間違いなく、目の前を走る暗殺者の仕業だろう。
「ほう、見事な手際だな」
他人事のようにクリスは感心してしまった。
「……。もう少し自分のことを考えたらどうだ」
そのマイペースっぷりに、相手も流石に呆れたようである。
彼――否、彼女だろうか――は、続く扉のひとつに手をかけ、クリスを室内へ放り出す。
「早く着替えてこい」
「あ、……ああ。有難う」
その部屋は、倉庫として使われていたうちの一室だった。
クリスは手近な服を引っ張り出し、急いで着替える。確かにドレスのままでは、却って直ぐに追いつかれてしまうだろう。
どう見ても暗殺者という不審な人物に疑問を覚えないでもなかったが、今はこの人物に従うしかない。そう、彼女は直感していた。
そうして、クラリス=トラスフォードはフォーレーン王城をあとにした。
王国の裏切り者――反逆者、として。