一、反逆者(1)
そして。
脇目も振らず王都を目指したクリスが、フォーレーン王城に辿り着いたのは、それから数日後のことだった。
「……ジークに会わせて欲しい」
その声音に、いつもの穏やかさは微塵も感じられない。
「何だと?殿下を呼び捨てにするとは無礼な!
貴様、何者だ!」
槍を突きつけられるが、動じた様子もない彼女に、衛兵は内心たじろぐ。
城門を警護する衛兵が、自分を知らない。
ならば、中にいる近衛兵達も――恐らくは、自分の知らない者達で固められているのだろうと、粗方予想できた。
ラグナの言葉が、じわじわと真実味を増していく。
それでも。
それでも――まだ、クリスは信じていた。
「……構わない。通してくれ」
後ろから現れた人物に、衛兵は驚いて飛び退く。
クリスもまた、顔を上げた。
「ジ……ジーク王子殿下!?」
衛兵の声は耳に入っていないのか、ジークはすたすたとクリスの前に歩いていく。
「ジーク。……訊きたいことがある」
「ああ、クリス。私も――話したいことがある、山程ね。
……ここでは拙い。邪魔の入らぬ場所へ移動しよう」
後半は衛兵に聞かれぬよう、こそ、と耳打ちで囁くジーク。
彼女はひとつ頷くと、判ったと返し、彼の後に続いた。
案内されたのは、ジークの私室だった。
「……ジーク」
「クリス。早速だが――辛い報告をせねばならない」
ジークは周囲に人がいないことを確かめ、クリスへと向き直る。
短い沈黙。それから、
「ラグナとルーイは……反逆罪で捕らえられた」
「なっ……!?」
ルーイ。ルーイット=フレイシス、ラグナの弟である。
フォーレーン王国の密偵部隊を束ねており、クリスにとっても弟のような存在であった。勿論、ジークにとっても。
どうして、と詰め寄るクリスに、ジークは苦い面持ちで顔を逸らす。
「王国軍の部隊を幾つか、全滅させたという報告も入っている。
諸侯の抵抗は強く、私もどうにもできなかった」
「ジーク、君は……本気でそんなことを信じているのか?」
上目遣いに、見上げる紫紺の瞳。
「…………。信じたくは、ない」
「ジーク!!」
縋るような少女の声。
揺らぐ紫色のスクリーンに映し出されたのは、幼い日々。
一緒に笑い合い、一緒に叱られた……楽しかった日々。
――何も変わらないと信じていた。このまま、ずっとこの国を、人々を守っていけると信じていた。
それなのに。
「だが……どうにもできないんだ。私の力では。
ただ――」
ちら、と彼女を横目に見て、やや口籠るジーク。
「ひとつだけ。二人を助ける方法が……ないでもない」
「!……本当か!?」
できるか、と重く問いかける彼に、クリスは激しく何度も首肯する。
「僕にできることなら、何だってする。
だから――ラグナとルーイは、」
いつしかクリスは、ジークのマントに掴みかかっていた。
ジークはそんな彼女を伏し目がちに見下ろすと、
「では、クリス。
……私の妻になれるか?」
「…………、は?」
降ってきたのは、予想だにしない言葉。
クリスは固まったまま、ぽかんとジークを見上げた。