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紫電の剣士  作者: 鷹峰悠月&若臣シュウ
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五、紫電の剣士(30)

 王国兵、パニッシャー一派、フォーレーン貴族の私兵。

 ここまでくると、最早追っ手が何者であるかを判別することすら煩雑な作業である。何者であれ、することはひとつなのだが。

 即ち――降りかかる火の粉ならば、払うのみ。

 クリスが敵を引き付けながら機敏に立ち回り、相手の腱を狙い断つ。それをセリオが後方から暗黒魔法で援護する。そして潜む伏兵にはルーイの投げナイフと、フォルクルスの放つ矢が見舞われた。

 そうして日々飽きもせず送られてくる刺客を、四人は然程危なげなく退けていった。

 時間的猶予がない為、ルーイの案内で『近道』を往く一同。森中でも比較的見通しの良い場所で、道中幾度目かの野営を張っていた。

 東の空には有明月がのぼり、藍色の空を照らしている。時折ぱちぱちと啼く焚き火によってのみ生み出されていた影は、僅かずつ薄らいでいた。

「そもそも、人々を導く予言者を処刑だなんて……予言の内容が、彼等に不都合だったということか?」

 沈痛な面持ちのクリスに、ルーイが首を縦にする。

「はい。僕も詳細までは聞き及んでいませんが、どうやら予言は、フォーレーン王国の衰退或いは、滅亡を示唆するものだったようです。そしてそれに、ジーク殿下やその取り巻き貴族達が関わっているものと見て、間違いないでしょう。

 勿論、予言者を処刑するだなんて本来なら赦されることではありません。古来から、予言の内容は何人たりとも干渉してはならないと定められています。例え予言が国の滅亡を意味するとしても、例えそれが、国王や皇帝であっても、です」

 それを聞けば、セリオの紅い双眸が、揺らぐ。下らねぇな――と、忌々しげに彼女は吐き捨てた。

「は。だからこそ――邪魔が入らねぇうちに始末しちまおうってハラか」

「ええ。エルサイス様が療養中という理由で、今年の予言だけが発表されていません。でもそれだって、いつまでも隠し通せるものじゃないでしょう。

 神殿はフォーレーン領内とはいえ、こんなことを他の国々が赦すはずがありませんから。

 ……セリオさんは、今回のことも知らなかったみたいですね。つまり、この動乱はパニッシャーの総意ではない――と」

 ルーイの視線が、セリオへと流れる。静かにおちた言葉は、しかし無情に少女の心臓を突き刺した。

 彼女は眉を吊り上げ、常にない程の大声をあげる。

「たりめーだッ!こんなせこい真似、あのひとが……御館様が、許すわきゃねぇだろうが!!

 全部――全部あの、ゴルダムのクズ野郎、が……ッ」

 声が、不意に掠れ。黒いローブ姿が、草の海に、沈んだ。

「……おやかた、さま……。

 くそ、……畜生、ッ――!!!」

 だむっ!

 大地に叩きつけられるは、白い拳。セリオにとって、幼い頃から過ごしたパニッシャーは『家』そのものだった。顔も拝んだことのない実の父親より、背中を見て育ったパニッシャー首領バラックこそ、少女にとっては父親に相違なかったのだ。

 しかし。彼女の帰る場所だった『家』は――内側から、壊された。彼女のみならず、首領バラックの帰る場所も。

「…………なんで、だよ」

 押し殺したような声でそう漏らしたのは、それまで沈黙を保っていた白髪の青年、フォルクルスだった。

「なあ、なんでだよ?

 この小さな嬢ちゃんだって、俺や、お前さん等だって――どうして、住む場所を奪われなきゃならないんだよ!?」

「フォルクルス……」

 クリスは唇をきゅと噛み締め、紫紺の瞳を曇らせる。余りにも不条理な現実を、納得せしめるだけの材料など……何処にも、なかった。

「だってそうだろ?姉上が言ってたぜ、『創造主たる神の御心のままに生きろ』って。そうすれば、望むものが必ずもたらされる――って。

 なあ、俺達が何したって言うんだよ!?神の意思に背いてるのは、そいつ等じゃねぇか!予言に背いて、不要に人の血を流して……なのに、どうして、――ッ」

 それはかつて、クリス自身が抱いた問い。

 王国騎士として、愛すべき市民を守ることが己の使命だと信じていた。いつか自分のような戦災孤児がなくなる世を夢見た自分に、ラグナやルーイ、ウェルティクスや国王テセウスまでが頷いてくれた。それなのに。

 壊れるのは、いつも、ほんの一瞬で。

「…………、いこう」

 立ち上がる。クリスは振り向かず、それだけを告げた。

 ――どんなに嘆いても、目を逸らしても、誰も望まなくても。悲しみの、不条理の連鎖は今も続いている。

 ならば――涙を流す暇など、与えられていないのだ。そう、理解して。

「止めなきゃ、いけないんだ。――僕達が」

 振り向く。刹那、一陣の風が月灯りにも似た銀糸の髪をさらさらと煌かせ、紫水晶の瞳を彩れば、紫色の外套を、一度はためかせ。

 朝焼けの色彩はそこに燃ゆるような色を灯し。白く細い月を穏やかに溶かした。

「――これ以上、失わせはしない。もう、なにも」

 瞳を閉じ、そして――紫電の剣士は歩き出す。

 靴音が刻む、はじまりの旋律。 

 はじめひとつだったそれは、やがてふたつみっつ、よっつ――と重なり。後に大きな交響曲を奏でるであろうことを、まだ、彼女は知らないけれど。

 それでも。

 それでも――彼等は、進むのだろう。

 彼等が信ずるべき『信実』を、『真実』と成し遂げるが為に――



                              (続く)

ここまでご覧いただき、有難うございました!

2008年8月31日より、第三作『漆黒の聖騎士』の連載を開始いたします。


またお会いしましょう!


      鷹峰&陸奥崎がお送りしました♪

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