四、三叉路(27)
胸を押さえながら、肩で息をする『追手』。鬘の中から現れた髪は、見事な金髪だった。
「……は、はぁ……死ぬかと思った……」
殺す気で斬り付けたのだから、当然といえば当然である。
その口から発されたのは、少年の声。クリスが記憶する青い暗殺者のそれとは違った響きだった。彼女にとっては寧ろこの声の方が余程、馴染み深いものであったけれど。
からん、と、左手から剣が落ちる。信じられないものを見るような眼差しで、クリスは相手を眺めていた。
「…………処刑、された、んじゃ……。無事、だったの、か……?」
たどたどしく、震える唇は言葉を紡ぎだす。
陽光を思わせる金髪、タレ目がちな翠玉の双眸。細身の体躯に、背丈は自分より若干低く。ふたつの紫水晶に映し出された少年の面差しが、水面の波紋のよう、揺らいで。
「――ルーイ……っ!!!」
知らず、彼女の両腕は確りと彼を抱き締めていた。
「え、あ、あああのッ、クリス、さん、……ッ!?」
方やルーイと呼ばれた少年は、大慌てでじたばたと藻掻く。
「よかった……よか、た――」
「あ、あの、ですから、……その、
…………あう」
腕から逃れようとする彼には構わず、クリスの抱擁はますます強まる。ルーイは仕舞いには頬から耳までを朝焼けの色に染めて、俯いてしまった。
「……クリス。知り合いか?」
いきなり感動の再会らしき場面。何処で口を挟んだものかと、うんざりした面持ちのセリオがじと目で睨んでいる。フォルクルスもまた、瞬きを繰り返しながら所在なさそうな弓を手にしていた。
クリスは珍しい程の笑顔で大きく頷き、腕から少年を解放すると、二人に紹介する。
「彼はルーイット=フレイシス。
幼馴染み、っていうか……十年くらい前から一緒に暮らしていた、弟みたいなものかな」
弟――というくだりに、ほんの僅か少年の表情が沈んだような気がして。また抱きすくめられた際の彼の慌てぶりを思い起こし、セリオは内心、そういうことかと独り合点を打つ。
「……苦労してやがるみてぇだな」
ぼそり、と、ルーイにだけ聞こえる程度の声で呟く。自己認識に欠けるというか、残酷なことだ――とクリスに目を向けた。視線の意図が判らず、当の彼女はきょとんとしているが。
「な、ッ――!?」
「セリオだ。……まあ、どうせ俺のことくらいは知ってんだろうけどな」
ぎょっとしたようなルーイの視線には知らぬ顔をして、無愛想な自己紹介をするセリオ。最後だけ、にっと意地悪な笑みをくれてやった。少年の顔が、赤くなったり蒼くなったり忙しいことだと思いながら。
「……ルーイット=フレイシス――ルーイです。よ、宜しく」
セリオにちらちらと微妙な目線を向けながらも、一歩前へ出て名乗るルーイ。
「俺はフォルクルス。しかしまぁ、……変わった趣味の格好だなぁ」
白髪の青年は、まじまじとルーイを眺める。彼の着ていた服は、女性用の旅装束。柔和な顔立ちに細い手足、改めて見ても……全くといっていいほど、違和感がなかった。
好奇の視線を一身に集めてしまった少年は、はっと気づくと掌をぱたぱた左右に高速移動する。
「ち、違いますって!これは正体を欺く為でッ……!」
趣味ではないことを猛烈に主張する。それが余計に可笑しかったのか、最初に爆笑したのはセリオだった。つられてフォルクルスも笑い出し、ルーイはますます動揺する。
「だ、……だからぁッ!」
「まあまあ、ルーイ。よく似合っているよ」
ぽむ、と肩を叩く音。台詞の主は当然、クリスである。
ルーイが隅っこで小さくなり、幾らかの沈黙の後、更なる二人の大爆笑が続いたことは述べるまでもない。