四、三叉路(25)
爆炎は瞬く間に小屋を呑み込み、辺りの森を巻き込んでいく。
「うわ、すげー……」
「ッ、走るぞ!」
程なくこの場所へも火の手が回るだろう、そう瞬時に判断し、クリス、そしてセリオは駆け出す。炎の勢いに呆然としていたフォルクルスも後に続いた。
「わ……っ!?」
クリスは降り注ぐ瓦礫に目を剥いた。倒壊した山小屋は周囲の焼けた木や砂塵を伴い、今にもこちらへ襲い掛かろうとしている。
しまった――と、唇が紡ぐ。咄嗟に腕で防ごうとしたクリスは、瞳を塞いだ刹那、強い衝撃を感じた。そのまま細身の体躯は跳ね飛び、大地へ叩きつけられる。
「――、あ、……」
痛みに顔を顰め、そっと目を開ける。見ればフォルクルスも同じように、やや離れた位置で尻餅をついていた。
二人がつい今し方までいた場所に目を向けると、焼けた板らしきものが土へめり込み、じゅう、と辺りの土や草を焦がしている。
二人は目を見合わせ、どうやら危なかったようだと理解する。そこで、あることに気づいた。
「――セリオ!セリオは!?」
どちらともなく立ち上がり、黒いローブ姿を捜す。さあ、と全身から血の気が引くのが伝わり、冷たい汗が頬を流れた。
「おい、セリオ!?何処――」
「ったたた……大丈夫か、セリオ?
おどれ身体弱いんやから、こんなん乗っかったら潰れてまうど」
あ、と。フォルクルスの口から声がこぼれる。小さな黒いローブが、見覚えのない男性の背中から垣間見えたのだ。
よいしょ、と身を起こすと、彼はセリオを立たせようと手を差し伸べる。癖のある青い髪はあちこちに跳ね、細い笑みを象り表情は伺えない。どうやら――彼が二人を突き飛ばし、セリオを庇ったようだった。
驚きに目を見張ったのは、今度はセリオの番だった。乾いた声が、相手の名を呼ぶ。
「ラゼル!?何で……お前が、」
「ほんま、危なっかしい奴っちゃの。……ほれ、早よ行き」
しっしっとまるで猫でも追い払うようなラゼルの仕種。しかし、セリオは佇む彼に違和感を感じ眉を潜めた。
「…………。おい、背中見せろ」
「は?なんでや」
あくまで白を切ろうとするラゼルの態度にセリオは苛立ちを強め、問答無用とばかりに彼の服を掴もうとする。ところが、
「ドアホ!早よ行け言うとるやろ!!
それとも何か、おどれ、ここで俺と戦るつもりか!?」
珍しく声を荒げて、ラゼルは少女の細腕を振り払う。
「俺の気が変わらんうちに、さっさと行けッ!
今のおどれは離反者なんやぞ!!」
怒号は森に反響し、いやに悲痛に響き渡った。セリオは刹那、瞳に逡巡の色を滲ませるも、
「ッ、――くそ、勝手にしやがれ……ッ!」
ぎしり、歯を軋ませ。苦く吐き捨てると、セリオはクリス達のもとへ戻っていく。
「……ごほっ。こっちにも煙が回ってきたみたいだ」
やってきたセリオを火の手が薄い風下へ隠すようにして、フォルクルスは咳き込みながら煙を拭う。
「ああ。
セリオ。……いこう、か」
安っぽい言葉など意味を持たないし、彼女には必要もないものだろう。クリスは青年にひとつ首肯を返すと、セリオを促し、火の粉を避けるようにして森を進んだ。
迷いなく走るセリオの足が、一度だけ、止まる。僅か肩越しに振り返り、
「…………馬鹿野郎」
呟きをひとつ残して、彼女は二人に続き、そこから姿を消した。
セリオの姿が見えなくなったのを確かめると、ラゼルはどさ、と仰向けに倒れ込む。
脂汗が額を伝う。全身が絶えず、痺れのような感覚を訴えていた。
「これで、ええ。これで――。
……はッ、後は……任せとき」
普段は表情と共に隠している瞳、そこに木々の切れ間、空の宵闇が映し出された。遠く闇の向こうを睨め据え、彼はそっと、瞳を閉じた。
「せやから、死ぬんやない。
――……死ぬなよ、セリオ――」