三、疑惑(23)
茂みの中を、どれくらい歩いただろう。
クリスとセリオが向かう先は、パニッシャーの本拠地ではなかった。
黒いローブの斜め後ろを歩きながら、クリスは問いかける。
「セリオ。……本当にいいのか?」
一旦決断を下してしまえば、もう二度とパニッシャーには戻れなくなる。
クリスにしてみれば多くの情報を得ることもできたし、親友の危機を知ることもできた。今組織を離れても、デメリットは――まあ、精々命を狙われる程度のもので。それは騎士だった当時から何ら変わるものではないと、彼女は考えていた。
でも――セリオは、違う。
クリスの瞳、紫紺の色が曇ったのを見れば、セリオは立ち止まり、半身振り向く。それから、
は、と軽く笑い飛ばした。
「俺が従うと決めたのは、御館様――バラックという男にだ。
組織なんて形のねぇもんに、愛着も未練もねぇよ」
「…………セリオ、」
思わず、クリスは絶句した。少女の紅い双眸は――全く、揺らいでいなかったから。
「それとも何か?お前は、国なんて不確かなハリボテの狗だった訳か?だとしたら俺は、お前を買い被ってたな」
皮肉を交じえ、に、と笑みをみせるセリオの口から、八重歯が覗く。クリスはまたもや、返す言葉を失った、が。
「――、っははは。やっぱりお見通しか」
やがて、破顔する。参ったというように頭を叩いて。
「たりめーだ、馬鹿。
銀髪で紫紺の瞳、左利きの女剣士――『紫電の剣士』クラリス=トラスフォードの名を、パニッシャーが知らないとでも思ったのか?」
じと目で睨まれ、う、と言葉に詰まるクリス。
「あ、それなら俺も聞いたことあるぞ。
何でも凄まじい剣裁きで、一秒に五十人屠るって」
「…………それ、は……、随分尾鰭がついているな」
屈託なく挙手し、会話に割って入るフォルクルス。クリスは思わず頭を抱える。今度は別の意味で、言葉を失いかけた。
「そうなのか?なぁんだ、本物に会ったら一度拝んでみたいと思ってたのに。
あ、じゃあさ。剣圧だけで一千の敵兵を吹っ飛ばしたってのは?」
しかしなおも畳み掛けてくる青年の無邪気な瞳に、クリスは思わずくらり、眩暈を覚える。視線は明後日の方向へ投げ遣った。
「…………。有名人は大変だな、クリス」
ぽむとセリオの手がクリスの肩を叩く。言う彼女の肩は、小刻みに震えていた。
「笑いごとじゃないぞ、セリオ。
君だって一体全体どんな尾鰭背鰭がついているか判ったものじゃない」
肩をすくめ、反撃するクリス。なぁ、と隣のフォルクルスにも視線を投げかけて。
「け、知るかッ」
談笑する中、セリオはふいと顔を背け、ずかずかと止めていた足を進めるのだった。