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紫電の剣士  作者: 鷹峰悠月&若臣シュウ
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三、疑惑(21)

 扉の向こうには、フォルクルスが閉じ込められていた場所より広い、無機質な部屋が広がっていた。

 辺りを包み込むのは、ねっとりとした静寂。

 状況を確認する為に灯りを起こそうと、火打石を取り出すセリオ。

 しかし彼女を制し、フォルクルスは掌を前方に翳した。ぽう、と白い光球が生まれ、ふよふよと人魂のように部屋を漂う。

 これは――と、クリスは喉まで出かかった声を圧し留める。映し出された光景に、彼女は思わず目を背けた。

 そこには、かつて人であったと思しき塊が無造作に並んでいた。

 正確な数こそ不明だが、十幾つはあるだろう。そのそれぞれに、フォルクルスを拘束していたものとよく似た鎖が巻き付いている。

「フォルクルス。似た感じ、と言っていたな?

 だとすれば、ここにいるのは――」

 一度、青年に向き直り。頭はひとつの可能性を導き出す。その可能性を探るよう、魔道に詳しいセリオにもちらと目を向けて。

「ああ。試作品――もっと言やぁ、失敗作、に違いねぇだろうな。

 フォルクルスっつったか?そいつに使う前に、こんだけ大量に実験してたって訳だ。……巫山戯やがって」

 眉間に皺を寄せ、セリオは忌々しげに吐き捨てる。彼女は鎖を手に取り、それから既に温度を失った肉の塊を見下ろした。

「随分強引に魔力を搾り取ったみてぇだな。これもあの野郎の仕業だってのか?――くそ、」

 ぎっ、と紅い双眸が遠くを睨む。クリスは言葉を失い、フォルクルスは拳を握り締めた。

「へえ。お前さん、ちっこいのに物知りなんだな」

 感心したよう、しきりに深く頷くフォルクルス。傍らでクリスは、あ、と思わず声を漏らした。当人――セリオはといえば、

「…………『ちっこい』だと……?」

 黒いローブをわなわなと震わせ、いやにゆっくりと、顔を上げる。

「ん?おう。どうかしたか?」

 ごう、とセリオを覆う殺気に、気づく様子はなく。フォルクルスははて、と首を傾げた。

「てめぇ……殺――ッ、」

 彼女の唇が、不吉な言葉を開きかけたそのとき。

「誰、……か――」

 三人は思わず、はっとして振り向く。僅かだが消え入りそうな、人の声がしたのだ。

「まだ、生きている人が?」

「……あっちだ!」

 クリスの問いには答えず、フォルクルスは部屋の奥へ飛び出す。白い光球もふよん、と彼を追いかけた。

「おい!……生きてる……のか?」

 青年は鎖で繋がれたうちのひとりに駆け寄り、その場にしゃがみ込む。顔を覗き込むと、若い男と思しきその人物は、僅か眉を動かした。

「おい、セリオ!お前さんなら、この鎖外せるのか?」

「あ?あ、ああ……」

 やや面食らったような顔をしたセリオだが、何とか持ち直し、青年の声に頷き返す。つ、と屈むと、掌を翳し、続いて短い詠唱が辺りに響く。

「こんな胸糞悪ィ鎖――とっとと砕けやがれッッ!!!」

 きぃん、と耳鳴りがしたかと思えば、術者であるセリオを起点に雷にも似た魔力の塊が収束し、鎖はその欠片も残さず、辺りに吹っ飛んだ!

「わ……っ!?」

 あまりの眩しさに、クリスは目陰を差す。その傍らで、フォルクルスが鎖に繋がれていた男へと手を伸ばした。

「くそ、核の生命力まで奪われてる。これじゃあ……」

 青年の掌が、あたたかな光で包まれる。治癒の術、だろうか。ところが震える男の指が、それを制止した。

「……ごほっ、あんた……神官様かい?

 無駄だ、やめとけ……俺はもう、助からねぇ……」

「馬鹿、喋るな!」

「いや……いいんだ。こいつぁ、天罰なのさ……」

 天罰――という言葉に眉を潜め、クリスは男の手を取る。男は僅か、笑んだように思われたが、薄灯りの中では表情までは伺えず。

「ん?貴様――パニッシャーか」

 セリオがふと、眉を潜める。知っているのか、と問いかけるクリスに、セリオはやや不機嫌そうな顔を見せて。

「多分、な。

 三下の顔なんざいちいち覚えちゃいねぇが、こいつとゴルダムの野郎が話してたのを見たことがある」

 言われ、一同の視線は男に集中した。しかし本人の耳には届いたいるのかどうか、男はひとりでに話しはじめる。

「……丁度いいや……な、聞いてくれよ。

 懺悔したって罪滅ぼしになりゃしねぇが……それでも、俺は――」

 男の声は徐々に震え、やがて――滲んだ。


 男の名は、バーツ。パニッシャーの一員として、地道に任務をこなしていたひとりだった。

 貧困に喘ぐノルン地方の民にとって、パニッシャーは横暴な貴族から庶民を救い出す英雄。下っ端といえる立場でこそあったが、その一員であることにバーツは誇りを持っていた。

 しかし――ある日、彼の誇りに大きな皹が生まれる。

 その日は伯爵暗殺の任務が下り、彼はノルン南西部へ赴いていた。標的ソネル伯はつつましく暮らす民から税を貪り、国をも欺いて私服を肥やす悪漢であると――指令書には綴られていた。

 任務は滞りなく遂行され、ソネル伯爵はパニッシャーのひとりによって、胸を貫かれ絶命する。

 地に臥し、血を吐きながらも息絶え絶えに――彼は、こう搾り出した。

「……私の命など、欲しくば呉れて遣る――だが、……

 領民にだけは、民にだけは……!手を、出すな、ッ……!頼む、どうか――ぐあッッ!!!」

 台詞は遮られた。何故なら、暗殺者のひとりが、伯爵の身体から首を飛ばしたからである。

 バーツは隊長格に従いその場を立ち去る。が、アジトへ戻ってからもソネル伯の最期の言葉が頭から離れずにいた。

 身体は疲労を訴えているにも拘わらず、眠ることができない。彼は寝床から起き上がると、気分転換に外を歩くことにした。

 廊下を歩いていると、話し声が聞こえたような気がして、足を止めるバーツ。

「いいか、くれぐれも気をつけよ。

 『四天』、ことあの『策士』めの耳に入れば厄介なことになる――」 

「は、……承知しております。ゴルダム様」

 首領の片腕たる、パニッシャーの幹部『四天』。バーツにとっては雲の上の存在、顔も見たことのない面々だった。そしてゴルダムは自分にとって、司令塔にあたる人物。盗み聞きはよくないと思いながらも、彼は息を潜め、声に耳を傾けた。

「あの男は、まだ『元』首領に肩入れしているようだからな。

 義賊などと……は、下らぬ。何の利にもならぬ貧乏人に恩を売って、何になるというのだ」

「仰る通りで。して、ゴルダム様。ソネル伯暗殺に関しまして、リドル卿からの報酬が届いております。如何程に――」

 声は段々と――先程より一層、遠く。バーツの頭は真っ白に、表情は蒼白に変わっていた。


「でも、な。……俺は……そこで引き返すことができなかったんだ。

 反逆は、死を、意味する……それによ、村に残した家族を……喰わしてやんなきゃならねぇ。俺は、本当のことを知っても――それでも、……」

 悔しげな声が漏れる。ノルンの山奥では十年前の大地震以来、鉱山がことごとく閉山していた。作物の実らない痩せた大地で、生きる糧を失った民は或いは餓死、或いは山賊に身を窶したという。

 しかし、やがて彼は良心の呵責に耐えきれなくなった。標的を始末する際、つい手元が緩んだのだという。そして――失敗もまた、パニッシャーでは死を意味していた。

「『殺すより、いい使い途がある』――ゴルダムは、そう言ったたんだ。

 ……へっ、言う通りだった……毎日、まるで蛭にでも食われてるみてぇでよ……死んだ方が、よっぽどマシだったぜ……は、はは……っ」

 消え入りそうな声に、時折ひゅうと苦しげな音が混じる。

「――もういい、喋るなッ」

 クリスは思わず、声をあげていた。バーツが咳き込む音には背中を軽く叩いて、ばっとフォルクルスに顔を向ける。フォルクルスは彼女の言わんとすることを悟ると、首をゆっくりと、静かに横に振った。

「……有難うよ……だが、もういいんだ。懺悔したって、今更地獄行きは免れねえだろうが――それでも、……俺ぁ……いま、救われた気がするぜ……」

 あんがとよ――と。声はいやに穏やかに、はっきりと三人の耳に届く。瞬間、バーツの指はクリスの手からほどけ、そのまま床へおちた。

「――バーツ、……?」

 返事はなかった。彼は言葉通り、救いが得られたような安らかな表情で――すう、と、眠るようにその息を引き取ったのだった。

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