三、疑惑(15)
――『姉上……あねうえ、何処にいるんだ?』
白い柱が連なる建物の中を、おぼろげなシルエットが駆け抜ける。声は少年のものだ。
徐々に加速する靴音。いくつものドアを開き、その先へ進んでいく。
――『姉上!!!』
最後の扉。その向こうには――
女性がひとり、紅黒い絨毯の上に臥していた。
武装した男達が女性の周りをぐるりと取り囲んでいる。
その鎧には――フォーレーン王国の紋章が輝いていた。
そこで、クリスは目を覚ます。
「……夢……か」
ただぼんやりと、そんな呟きを漏らした。
寝覚めの悪い夢を見たものだと苦笑し、クリスは身支度を整えるとセリオの部屋へ向かう。既に空には、西陽が差していた。
と、いうのも。昨夜酒が回り眠ってしまったクリスは、その数時間後に目を覚ましたものの、中途半端な時間に目を覚ました為に眠れなくなってしまった。そこで読書を始めたが最後、読了する昼間まで没頭してしまったのである。
「ははは……もう陽が暮れる。セリオ、怒ってるかな。
ラグナやルーイにも昔、よく怒られたっけ」
読書に熱中して寝食を忘れ、幼馴染みに叱られたことを思い出す。クリスの困った癖。それは彼等にとって悩みの種のひとつだった。
「セリオ、いるかい?」
セリオの部屋へ辿り着くと、クリスは数度ノックののち、扉を開ける。
「やっと起きやがったか。ったく……世話の焼ける奴だぜ。
酒が飲めねぇなら飲めねぇって、先に言いやがれ」
「え……。い、言おうとしたらセリオが無理矢理飲ませたんじゃないか」
椅子の上で頬杖をつくセリオの抗議には、頬を掻きながら弁解する。はふ、と溜め息を漏らすクリスの顔を、彼女は怪訝そうに覗き込んだ。
「どうした?クリス」
「いや、何でもないんだ。ちょっと……夢見が悪くてね」
夢?――と鸚鵡返しに尋ねるセリオ。クリスはそう、と頷くと、先程見た夢の内容を語った。
「――という夢でさ。血を見過ぎている所為かも知れない。
って……セリオ?どうかしたのか?」
見れば、話を聞いたセリオはぽかんと口を開けたまま、微動だにしない。今度はクリスが訝しむ番だった。
「…………マジか、おい」
黒衣の少女は、漸くそれだけを口にする。
「セリオ?」
「……俺が見たのと、同じ夢だ」
沈痛な面持ちで告げるセリオに、クリスは目を見開く。
「こういうことって……よくあることなのかな?」
「……普通はねぇだろうな。
それより、準備はもういいのか?そろそろ出発しねぇと算段が狂うぜ」
セリオは立ち上がり、外を見遣る。クリスは首肯すると、再びドアノブに手をかけた。