二、パニッシャー(11)
ノルン南東部を領地とするガンドロフ伯爵の暗殺を任じられ、クリスとセリオは一路、東へ向かった。
暗殺とはいっても、祭りの賑わいに乗じて伯爵の酒に毒を仕込むという、至って地味な仕事である。そもそも『暗殺』なのだから、本来そうそう目立つべきではないのだが。
とはいえ、伯爵は金に物を言わせ、数多くの用心棒を雇っているという。彼等と相対することになった場合のことを鑑みて、四天がひとり、セリオ自らが出陣することになったのだった。
二人は伯爵の館からやや離れた、見通しの良い廃屋に身を潜めた。
街の方角からは賑やかな祭りの音楽が鳴り響き、人々の歓喜の唄が風に乗ってこちらにも微かに運ばれてくる。紅い月が夜空を照らす、何処か――ぎこちない夜だった。
「けっ、いい気なもんだぜ」
闇色のローブを纏った少女が、ひょいと窓から入室し、クリスの隣に降り立った。
行儀はあまり宜しくないことだが、扉が壊れており、窓からしか出入りができないのである。
セリオは吹かしていた葉巻を足元に落とし、揉み消した。
葉巻、と言っても煙草ではない。燻した薬草と香草を巻いただけのもので、しばしば薫香として旅人が使用するものである。
「首尾は?」
「予定通りだな。
疑う様子もなく葡萄酒を屋敷に運んで行きやがった」
尋ねるクリスに、セリオの唇が悪戯じみた笑みを象る。覗く八重歯が、通り名の『悪魔』を彷彿とさせた。実際、彼女の通り名が容姿に由来すると思っている者は少なくないという。
確かに、蒼みがかった銀髪に不健康そうな蒼白い肌、爛々と輝く紅玉の瞳。小柄ではあるが、誰しも一度見たらけして忘れないような、強烈な印象を持っていた。
しかし外見だけの虚仮威しならば、精鋭揃いのパニッシャーで『四天』に名を連ねるはずもない。セリオは、強力な暗黒魔法の使い手だった。
「そうか、じゃあこのまま待機――」
そこまで言いかけて、クリスはパートナーと視線を重ねる。
どちらともなく、異変に気づいた。
「風向きが変わった――か」
風。それは単なる大気の流れではなく、辺りの『気』の変化を示していた。
真の使い手となれば『風向き』の変化に非常に敏感だ。常に耳を澄ましていれば、好機は自ずからその来訪を報せてくれる。だからこそ、神懸かり的な奇蹟を起こすかのように、凡夫には視えるのだ。
二人は咄嗟に、扉へ張り付き身を沈ませる。
しゅんっっ!!!
彼女達が先程まで立っていた場所に、幾つか鈍い光が降り注いだ。