二、パニッシャー(10)
「フォーレーンには、クラリス=トラスフォードとラグナ=フレイシスっていう強ぇ奴がいんだろ?
……どうだ?そいつらは、お前より強ぇのか?」
真っ直ぐに紫水晶の双眸を覗き込み、ファングは問うた。
頭の中が真っ白になったクリス。あ、と短く漏らすも、続く言葉を持たなかった。
まさか自分やラグナの名前を話題に出されるとは、おくびにも思わなかったのである。
ただでさえ暮らし向きの苦しい辺境における二人の活躍は、貧しい彼等の心に確かに根付いていた。民衆を苦しめた山賊を次々討伐したエピソードは、吟遊詩人が伝承歌のテーマに選ぶ程。その噂がいつしか尾びれをつけ大陸各地に伝わったとして、不思議はなかったのだ。
「しっかし、アレやな。噂では女神の如き麗しさ――なんて言われとるけど、功績考えてみ?たった二人で無数の山賊団を壊滅させたっちゅーやないか。まあ、何処まで誇張か判らへんけどな。
きっとファングの倍はある、巨岩みたいなガタイの大女に違いないわ。せやからホンマは大剣なんやけど、図体がデカいさかい、細身剣にしか見えへんのや。そやろ!?」
大柄で筋肉が黒光りするような女戦士をありありと想像し、ラゼルは自信満々に、フォーレーン出身の剣士へ話を振った。
しかし本人――もとい、剣士はといえば、ぽかんと口を開けたまま微動だにしない。
「何や、どないしよった?」
暫し返答に窮するクリスの意識を引き戻したのは、ラゼルの声だった。
「あ、……どう、かな」
言葉を濁し、引き攣った笑み。怪しまれたろうか、と、混乱する頭の隅でクリスは考える。
「でも、どうしてそんなことを?」
「強ぇからだ」
……………………。
きっぱりと言い放つファングに、思わず目が点になるクリス。ぱちくり、と瞬きを繰り返す彼女へ、ラゼルが通訳を加える。
「このアホはな、強い奴と戦うんが何より楽しみなんや。
まあ、所謂戦闘マニアっちゅーやっちゃな」
「……誰がマニアだ」
「何や、ちゃうんか?」
軽快な遣り取りが繰り広げられる中、落ちた呟きが影を落とした。
「だとしたら、残念だったな。
フォーレーンの騎士、クラリス=トラスフォードとラグナ=フレイシスは――」
『死んだ』――と。
その単語に、彼等の眉がぴくりと動く。
「何?それは……確かな情報か?」
念を押すファング。それはどちらかといえば、自身の楽しみを奪われたくないが為のものだったろう。
無論、その一方とは今し方、既に剣を交えたことなど、彼は知る由もないのだから。
「さあ、どうだろうな。僕も、聞いただけだから」
「そうか。……なら、そいつ等を殺したのは誰だ」
尚も食い下がるファング。彼等を倒したというなら、その人物も相当な使い手だろうと踏んでのことだ。
しかし、クリスの答えは彼の意に沿うものではなかった。
「いや。――反逆罪で処刑されたよ」
他人事のように、淡々とそう告げる。
「処刑……だと?」
俄かには信じがたい話だった。ファングは忌々しげに顔を歪め、舌打ちひとつ。
「ちっ。……あのボンクラ王子がッ」
国王テセウスの不在に、長男であるジーク王子が国政を取り仕切っていることはパニッシャーにも知られているところだった。
ファングは以前の任務で、ジークの弟ウェルティクスと面識があった。同じ兄弟でこうも違うものかと、憤りすら覚える。
「ん?……『王子』?」
そこで、ファングはあることに思い当たった。表情に焦燥の色が混じる。
「まあ……ええわ。
次の任務は、セリオと組んで貰うさかい。明朝出発や、準備しとき」
「あ、ああ。了解」
ラゼルの声にクリスは端的に答える。
踵を返し去っていくそのシルエットを、じ、と笑みに細めたラゼルの眼が追っていた。
(まさか本人やったら、こないな場所に潜り込んどるんに、あない動揺する訳あらへんしな。家族か、或いは――)
怪しすぎて容疑者から外れる、というのは往々にしてあることだ。屈強な大女のイメージを膨らませた所為もあっただろう。
ラゼルがそこまで思考を巡らせていると、
「……出かけてくる」
ばさ、とマントを翻すファング。その肩を、ラゼルはぽむと叩いていく。
「俺も。ちーと、調べ物や」
そう言って、彼もまたふらりと姿を消した。
そして、翌日。
パニッシャーの一員となったクリスに、初任務が言い渡された。