二、パニッシャー(8)
そうして、セリオによる爆撃がひとしきり止んだのは、クリスの部屋に大穴が開いてから十数分後のこと。
「ふぅ……お茶が美味しい」
その間クリスはといえば、目の前で繰り広げられる攻防を他所に、香茶を淹れて呑気に啜っていた。
じと、と訝しげなセリオの視線を感じると、彼女は手にした杯を一瞥、相手に差し出す。
「君も飲むかい?」
「…………。お前、何処までがマジだ」
「何処って?」
こきゅ、と首を傾げるクリス。質問の意図がつかみかねたようである。
クリスのマイペースっぷりに音を上げたのか、セリオは両手で頭を抱えると、もういい、と短く告げた。
物騒な割には、結構苦労症なのかも知れない。
「あー……こんなに壊してもうて。修繕費、幾らかかると思っとんねん」
風に身を震わせ、がくりと肩を落とすラゼル。原因が自分にあるという認識があるかどうかは疑わしい。
「壁とかの修理なら、この間入った人が引き受けてくれるって。
ええと、ラゼル兄ちゃんと同じ青い髪の人」
いつからそこにいたのか、ディックが廊下を指し示す。
エメラルドを流したような色の髪に、セリオと同じく紅い瞳の、小柄な少年。彼はクリスに向き直ると、ぺこりと頭を下げた。
「はじめまして。僕、ディックです」
紅い瞳を持つ者は紅い月の夜に生を受けたとか、紅い月には邪悪なチカラがあり、その夜に生まれた子供は悪魔の化身であり災いを招くとか、そういった伝承が大陸各地に広まっている。
クリスは元々迷信深い方ではなかった為、そういった言い伝えには懐疑的であったが。珍しいものが異端、邪悪であるとレッテルを貼られるのは人の世によくあることだ。クリス自身、珍しい銀髪でからかわれたことは幼少時代に幾度もあった。
「ディック……では、君が若頭か。
僕はクリス。宜しく」
ほかの面々もぐるりと見回し、簡単に自己紹介をする。
「得物は剣か……せや、丁度ええ。新入り、ちーと面貸せや」
何かを思いついたように、ラゼルが外を眺め、にやりと笑う。
「ラゼル?何企んでやがる」
「人聞きの悪いこと言うなや。アイツの相手させたろ思っただけやがな」
アイツ、という言葉に、なんとはなしに窓を見遣るクリス。その人物がそちらにでもいるのかと思ったのだろう。
「ほな行くで、新入り」
「『クリス』さんだよ!ラゼル兄ちゃんっ」
「あー、すまんすまん。悪いようにはせえへんから、ついてき。クリス」
にっこりとクリスを手招きするラゼルに、セリオは舌を出し、苦い顔をする。
クリスは青年に従い、ひとつ頷くと彼の案内で、中庭へと向かった。