二、パニッシャー(6)
それから、およそ一週間。
クリス達は、バール山脈の奥地に存在する、パニッシャーのアジトへと辿り着いた。
道中、それからも追っ手は現れたが、いずれも二人の敵ではなかった。
クリスはそこに、小さな部屋を宛がわれた。長らく使われていない部屋のようで、一先ずは埃と蜘蛛の巣を払い除ける作業に勤しむ。
「これでいいかな。……ふう」
ベッドに腰を落とし、ぼんやりと天井を見上げる。
全ての出来事を受け入れるにはまだ時間が足りなかったが、現実を否定したところで事態は改善しない。それに、今は判断にも行動にも、材料――情報が少なすぎるのは確かだ。
「そういえば……名前も聞いていなかったな」
粗野で寡黙な、青い髪の暗殺者を思い起こす。
ほんの気紛れか、はたまた企みがあってのことか。安易に味方などとは思わないが、どのみち窮地を救われたことに変わりはない。
「戦いたくない相手、であるのは確か、か」
はふ、とひと息ついて彼女がベッドに腰を落としたそのとき。
どどおおおおぉぉぉぉぉぉんっっっ!!!!
派手な爆発音が耳を貫き、突風と共に塵が舞う!
クリスは反射的に左手を剣の鞘へと添え、大穴の開いた壁を注視したまま静止する。
「ち。――しくじったか……次こそは外さねえ」
――僕か、或いはパニッシャー狙いの刺客か!?
警戒を強め、穴から土煙が止むのを待つ。
しかし次いで届いたのは、そんなクリスの思惑を盛大に裏切る声だった。
「だぁぁっ!何しよんねん!!壁にこないな風穴開けよってからに!」
「避けるからだ。――次は、貴様の身体に風穴を開けてやる」
「せやから、ちったあ落ち着いて話聞かんかいセリオ!!!
――って……あれ」
はた、とそこで台詞を止め。ぽかんと騒々しい遣り取りを眺めているクリスに気づいたのか、その人物は彼女に向き直り、呑気に挨拶した。
「お。おどれが新入りかいな」
「あ、……ああ」
何と答えたものか、クリスは曖昧にそう返した。
「俺はラゼル。こっちのちっこいのがセリオや。
ま、よろしゅーに」
不思議な訛りの青年は、物騒な部屋の惨状とは不釣合いな笑顔をにっと浮かべてみせる。
「貴様……誰がちっこいのだ、誰が」
恐らくこの風穴を開けた主だろう、小柄な黒いローブ姿がその後ろに立っていた。印象的な真紅の双眸が、鋭い眼光でラゼルと名乗った青年を睨みつける。顔色は蒼白というより寧ろ土気色で、ひどく痩せていた。
「誰って……他に誰がおんねん。なぁ、新入り」
笑顔のままぽむぽむと、頭ふたつ分以上低い位置の頭を撫でる。
「ラゼル、てめぇ……。
――殺す」
セリオの低い呟き、直後に再び大爆発が部屋に轟いたのだった。