プロローグ1
『クロスブレイド 鳳雛の皇』(N6168B)の続編ですが、未読でも問題なくご覧いただけます。
任務そのものは、非常に単純なものだった。
王都から遠く離れた辺境、マグス砦の偵察。
軍事大国ノルン配下の小国が攻撃準備を行っている――そんな情報が入ってきたからだ。
命を受けたのは『漆黒の聖騎士』とも称されたラグナ=フレイシスと、『紫電の剣士』クラリス=トラスフォードの両名。
二人は小規模の部隊を与えられ、ここに赴いていた。
「ふむ。特に、不穏な空気はないんだがな……」
顎に手を宛い、思案顔で首を捻るラグナ。
「ラグナ。今戻った」
聞きなれた声に、返事代わりに漆黒のマントがばさりとないた。
『隊長』ではなく『ラグナ』と呼び捨てにする人間は、この部隊にはひとりしかいない。
「様子はどうだ?クリス」
「近隣の村も立ち寄ってみたが、別段おかしな点はなかったな。
やはり、誤情報かも知れない」
肩を竦めたのは細身の若者――彼の相棒である、副隊長クリスだった。
それから相手を眺め、じと、と半眼で睨む。
「しかし、いつも思うんだけど……
……暑くないのか?」
髪や瞳は先天性のものとして、真夏だというのに黒のマントで身を包んだ青年。
見てるこっちが暑い、と、クリスは顔をしかめた。
「そうか?お前は村まで足を運んだから汗をかいたんだろう」
――果たしてそういう問題だろうか。
「…………。まあいいか。
埃もひどいし、そこの泉で水浴びでもしてくるよ」
「ああ、気をつけ――」
って。
――……水浴び?
思わず硬直するラグナに、クリスは不思議そうに首を傾げた。
「?ラグナもくるのか?」
「い、行くか馬鹿ッッ!!」
思わず声を荒げるラグナ。
「そんな怒らなくても。
どうせ、目は見えないのだし。問題ないだろ」
――問題なくない、問題なくない。
ラグナは心底、頭を抱えた。紅潮した顔を見られたくなかったのもあるが。
確かにクリスの言う通り、ある時期からラグナは視力を失っている。
だからといって。
「クリス、お前な……
少しは女としての自覚を持たないと、そのうち後悔することになるぞ」
「え?何か言ったか?」
「いや、いい……なんでもない」
男のように振る舞い、男装をして、本人は自分を男のように認識しているきらいはあったけれど。
その銀を梳いたような髪や紫水晶の双眸、透き通る凛とした声は、人の心を掴んで話さない何かを秘めていた。
若い騎士の間でも、彼女――クリスに憧れる者は少なくないというのに。
どよめき立つ部下の兵士たちに、ぎろりとひと睨みくれて。
ラグナは心から、深い溜息をついたのだった。