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1話

 石造りの広い大通りを少し外れたスラム街。周囲は悪臭に包まれ、とてもまともな人間が過ごせるような場所ではない。しかし、そこに一人の青年は立っていた。彼は何をするわけでもなく、無気力に呆然とした様子で、目の前にある一人の女性の死体を(・・・・・・)見下ろしながら(・・・・・・・)立っていた。


「ようやく見つけましたよ」


 そんなあからさまな不審者の後ろから、薄汚れたその場には全く似合わない真っ白な騎士の制服を着た女性、いや、まだ少女といっても差し支えないあどけなさの残る少女が近づいていく。


「第一級犯罪者、殺人鬼ワークス。ここが貴方の墓場です」


 少女はゆっくりと腰に下げた剣を抜いた。けれど青年はそれをまるで見ていない。無視されたように感じた少女は不機嫌さを露にする。


「何か言ったらどうなんですか?」


 青年は真っ黒なフードを被っているために表情は見えず、何を考えているのか少女からは全くわからない。それがまた一層少女の感情を逆立てる。これがいつもの事(・・・・・)だとわかっていても、沸き立つ怒りは抑えられない。彼と会うのは初めてではなかった、これが五度目になる。しかし彼を捕縛する事も、殺す事もできずにいた。そしてまた、少女も彼に殺されること無く、むしろ傷一つ付けられた事が無かった。それは少女が強いわけではない、むしろその逆。この青年は自分には全く興味を持たず、歯牙にもかけていないのだ。そしてその事が少女のプライドを傷つけていた。


「まただんまりですか」


 そして少女がどれだけ話しかけても彼が言葉を発する事は無かった。殺人鬼ワークス。この王都、いやこの大陸で彼の名を知らない者はいない。十年前に突如現れた彼は、一体どれだけの人を殺しているのか、王都のエリートである調査班でさえ、正確に把握できないほどだった。そして何より異常なのは、彼の目撃証言が後を絶えない事。殺人現場を押さえたのは今回が初めてではない、騎士団全体でいえば百を超えるかもしれない。けれど、それでも今もなお彼は平然とその場に立っている。誰一人として彼を捕らえる事ができなかった……。そして何より騎士団にとって屈辱なのは彼が民衆にとって英雄視(・・・)されている事だった。


「彼女は、証拠不十分で保釈された詐欺師ですね」


 少女は殺されている女性を見ながら、事実を確認するように話す。『殺人鬼ワークスは犯罪者しか殺さない』それが人々の共通の認識だった。そしてそれはわかりやすい犯罪者、暴力、人殺しをする者から、裏であくどい事をしていた貴族までと、とても幅広いものだった。法では裁けない悪を裁く、それこそがワークスを英雄とされる由縁だった。


「貴方は悪を裁いた気になっているかもしれません。けれどそれを許すわけにいかないんですよ」


 それを許してしまったら、法の意味が無くなってしまう。それは王都にとって許されないものだった。民が自由に、自己の判断で悪を討つ。そんな事が認められてしまえば、国は乱れる。そんな事は騎士である、少女にとって許しがたい事だった。少女にとって、目の前にいるのは一人の犯罪者でしかない。本当なら感情に任せて今すぐ取り押さえたかった。


(やはり何の反応も無し……ですか。けれどもうすぐ応援も来るはず、それまでここに足止めできれば)


 けれど少女はそうしなかった。分かっているのだ、自分では彼に適わない……と。


(くそっ! 私は悪を討つために騎士になったのに! 私は……なんでこんなに無力なんだ!)


 それでも、今は自分にできる事をするしかない。たとえ無力だとしても……例え命をかける事になろうとも、彼を足止めする……それこそが自分の使命だと、自分がこうしてここにいる意味なのだと。そう少女が覚悟を決めたその瞬間、彼は動いた。


(速い!?)


 まだ彼とは十歩分ほどの距離があった、それを彼は一瞬で詰めてくる。何の予備動作も感じさせない動きは少女の虚をつくのに十分だった。


「くっ!」


 少女は油断していた自分を恥じた。しかし混乱しそうな思考を抑えつつ、必死に目前に迫る彼の動きに備える。しかし……彼は少女の脇を通り抜け、そのまま走り去っていった。


「ま、待てっ!」


 また取り逃がしてしまうのか、以前と同じように……そう自分の無力をひしひしと感じた彼女の耳に小さな声が届いた。


「わるい」

「……え?」


 それは謝罪の言葉だった。恐らく無意識に発したであろう小さな言葉。けれどその言葉は少女の耳を捉えて離さなかった。そして追おうとした少女はその言葉に動けなくなる。その聞き覚えのある声、懐かしい声に全身が痺れたように止まってしまった。


「……にい、さん」


 それは、十年前に自分を守って……死んだはず(・・・・・)の兄の声だった。

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