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お掃除スタッフの内緒話  作者: すみっこのラスカル
第2話 昼休憩の会議室
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                  2

 モップの先に小さな染みが残っていることに気づいた。水を足しても完全には消えない。あたしは何度か同じ場所を擦った。それでも床にはモップに付いた染みと同じ色が残されたままだった。

 会社の昼は短い。だから、こういうことも、すぐに終わる。あたしはそう言い聞かせて、バケツを持ち上げた。扉に手を掛けたとき、廊下の向こうから人影が近づいてくるのが見えた。一瞬、彼女かもしれないと思った。もし、ここで顔を上げたら、視線がぶつかるかもしれない。そうすれば、何かを知っている顔になってしまうだろう。あたしは床のほうを見たまま扉を閉めた。見なかったことにしたものは、見なかったままでいなければならない。そうしなければ、ここでは働けない。

 廊下に出ると、遠くでチャイムが鳴った。午後の始業合図だ。人の足音が少しずつ増えていく。その中に、あの黒い靴の音が混じっているかどうか、あたしは確かめなかった。

 受付に立っていたころの彼女は、同性のあたしから見ても、よく笑う可愛い人だった。昼休みに廊下ですれ違うと、「お疲れさまです」と必ず目を合わせて微笑んでくれた。あたしにとって、そのとき少しだけ救われたような気がしていた。

 いつからだろう…、彼女が目を逸らすようになったのは。いつからだろう…、彼女の名前が昼休みの話題に上らなくなったのは。

 最近、廊下で彼女とすれ違っても、あたしのほうを見ない。見ないというより、見る前に視線を外す。歩く速さも少しだけ早くなったようだ。しかし、黒い靴の踵は床にほとんど音を立てない。あるとき、給湯室の前で背中だけを見かけたことがある。誰かと話しているようだが、声は低く短い。途切れ途切れで、あの日の昼休み、会議室で聞いた会話と同じ調子だった。あたしがモップを持って近づくと、会話はすぐに終わり、彼女は振り返らなかった。かすかな香水の匂いだけが少し遅れてきた。受付にいたころには使っていなかった匂いだ。甘くもなく、強くもないのに、なぜか長く消えない。仕事の匂いというよりも、誰かの都合に合わせて選ばれたような匂いだった。それが何を意味するのか、考えないようにしている。考えてしまえば、いろいろなことがひとつに繋がってしまう。昼休憩の会議室。低い声とあの声。黒い靴。あの肩の線。

 床は、また汚れる。それを拭くのが、あたしの仕事だ。


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