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昼休憩の会議室はいつも半分だけ暗い。ブラインドを全部上げると眩しすぎると誰かが云ってから、ずっと中途半端に上げられたままだ。蛍光灯は消され、その中途半端なブラインドの下から入る屋外からの光りだけが、会議テーブルの端を白く照らしている。
あたしはモップを絞って、会議室の扉を静かに開けた。昼休み時間に、この部屋を使う人は少ない。午前の会議が終わって、午後が始まるまでの、ほんの隙間の時間だ。しかし、今日は一番奥の窓際に人影が2つあった。この場所は資料を置くために、2メートル四方ぐらいが薄いカーテンで仕切ってある。声は低く、短く、途切れ途切れに聞こえる。
「午後からLINE送るから」
「はい…。あ、あんっ」
それだけだった。誰かの笑い声も、書類をめくる音もない。ただ、女性のその声に合わせて、椅子がきしむような小さな音が一度だけ聞こえた。あたしは足を止めた。見てはいけないと思った。カーテン下の隙間から女性の靴が見える。踵が少し高くなった黒い靴だ。男性のほうは、背中だけがカーテンを透かせて見えている。そこには女性の両腕が、しがみ付くように張り付いていた。その肩の線で誰だか分かった。あたしはモップを床に置いたまま少しだけ息を整えた。会社の昼休憩は短い。だから、こういう時間もきっと短いのだろう。会議室の空気は、どこか生ぬるく感じた。あたしは何も見なかったことにして、モップを動かし始めた。床は、いつもより、少しだけ汚れていた。
モップを引く音が、思ったより大きく響いた。水を含んだ布が床を擦る、その一定の音に、心臓の鼓動が重なる。カーテンの向こうは、もう静かだった。さっきまで確かにあった気配だけが、部屋の奥に薄く残っている。
テーブルの脚が作る影が、床に長く伸びている。その影を避けるように、あたしはゆっくりと手を動かした。目は勝手に、さっき見えた黒い靴の位置を探してしまう。踵の形まで、妙にはっきり覚えていた。ああいう靴を履く人を、あたしはひとりしか知らない。




