表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お掃除スタッフの内緒話  作者: すみっこのラスカル
第1話 交際費の夜
1/9

                  1

「やあ、昨晩はお疲れ〜」

始業前のフロアは静かで、声が少しだけ大きく響いた。営業3課の山村は部下の小松原に右手を挙げて笑い掛けた。

「あ、おはようございます。係長こそ、お疲れさまでした」

小松原も少し照れながら笑顔を返した。

「あれからさあ、得意先を見送った後、お前と別れてからな、武田課長と2人でもう一軒行ったんだよ」

山村は掌を口元に立てて、ちょっと声を潜めた。

「えっ?そうなんですか?」

「課長がさあ、接待なんだから、1軒も2軒も同じだって連れてってくれたんだよ。最初は得意先の安藤さんとうちが3人、ちゃんと4人だったんだけどな」

「へえー、それも交際費?なんですか?」

「ま、そういうことなんだろな」

まだ始業前の早い時間で、出社している人はそれほど多くなかった。

「おはようございます」

楽しそうにひそひそ話をしているところへ、カウンターの横から声を掛けられて、2人とも少し驚いた。

「ああ、なんだあ、青木さんかあ」

 山村は振り返りながら、ほっとしたような顔を向けた。

「なんか、いいことあったんですか? おふたりとも朝から嬉しそうにしてますねぇ」

青木香里は息子と同じくらいの年頃に見える2人を交互に見て微笑んだ。

「あははは、ま、ね」

山村は後頭部に手をやって、ごまかすように応えて笑った。

 香里は、今年55歳になる。ハローワークで紹介された清掃会社に勤めて3年目、いまのところ大きな不自由もなく暮らしている。夫と別れてからは、家計も身の回りもすべてひとりで回すようになったが、慣れてしまえば案外どうということもなかった。あのとき、なぜ離婚したのかと訊かれれば、今でもうまく説明はできない。息子が海外に赴任し、娘が結婚することになり、家に残ったのは夫とあたしだけだった。長い間、子どもを真ん中に置いて、互いに目を逸らして生きてきたのだと、そのとき初めて気づいた。向かい合ってしまえば、もう話すことは何もなかった。別れ話は、拍子抜けするほどあっさり決まった。夫にも別の女がいたのか、それとも同じように疲れていただけなのか、今となってはわからない。ただ、後腐れのない熟年離婚だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ