#2 山賊
「よし、今日の畑仕事終わり」
晴天の下、汗を拭う十代半ばの少年。
のどかな時間が流れる小さな村では、今日も春の風が草木を撫でる。
「おーい、村長! 雑草取り終わったぜ!」
「おお、ご苦労さん。すまんな、毎回手伝ってもらって」
「気にすんなって。牢人にだって畑仕事はできるんだからさ。困った時はいつでも呼べよ」
「賃金を出すうちは、じゃろ? ちゃっかりしとるのう」
「へへ、そりゃあな」
少年は土手に上がり、老人からいくつかの貨幣と穀物が入った麻袋を受け取る。
「毎度。こんだけありゃあ一月は持つ。やっぱ戦のねえ時は村長からたかるのが一番だな!」
「まったく……相変わらずじゃのう。白兵衛。一国一城の夢はまだ健在か?」
村長の言葉に少年──白兵衛は首を振って答える。
「一国一城じゃねえよ。俺の夢は天下統一だ!」
拳を天高く突き上げ、そう宣言する。
村長は呆れるように、シワだらけの顔で苦笑いする。
「武士でもないただの牢人であるお主がか? 若者の大志は惚れ惚れするのう」
「もうすぐ武士になるからいいんだよ。そんで出世して、戦に勝って勝って……大名になる! そして天下に号令してやるのさ!」
白兵衛は村から見える城に腕を伸ばす。
山に聳える天守閣は、島を見下ろすように鎮座していた。
「アニキー!」
底抜けに明るい声が森の方から響いてくる。
それは泥だらけの体を揺らしながら、白兵衛の方へと駆けるのであった。
「ん、傳八じゃねえか。どうしたんだ?」
「朝によ、でっけー鹿を狩ったんだ! 一緒に食おうぜ。な?」
両腕を大きく広げ、無邪気な笑みを浮かべる青年──傳八。
白兵衛は傳八の言葉に頷き、その肩を強めに叩く。
「でかしたぞ傳八。村長も食うか?」
「遠慮しておくよ。この後、港の船を出迎えねばならんからのう」
「そっか。んじゃ行くぞ傳八」
白兵衛は傳八を連れ、自宅がある森の中へと入っていく。
木漏れ日が差し込む森林。
往復の激しい獣道を暫く進むと、茅葺きの掘っ立て小屋が姿を現す。
「鹿は家に入れておいたぜ、アニキ」
「ちゃんと下処理したのか?」
「おうよ! ちょっと指切ったけどな!」
二人は家へと入り、小上がりへと腰を下ろす。
白兵衛は解体してあったに鹿肉を鍋に入れ、残りの部位は串に刺して囲炉裏で焼き始める。
「んー、いい匂いしてきたな! さっすがアニキ。料理上手!」
「味噌と塩で適当に作っただけだがな。よし、できたな。食おうぜ」
白兵衛と傳八は鹿肉を頬張る。
二人は暫し無言で肉を食らい続けた。
「んぐ……そういやアニキ。まだ村長の仕事手伝ってるのか?」
「まあな。戦がねえときは暇だし」
「アニキ、農民にゃならないのか? 農地はやるって村長も言ってたぜ」
白兵衛は枝に刺した肉を食べ切ると、勢いよく首を振る。
「ならねえよ。俺は武士になるんだ」
「アニキの夢って天下統一だろ? デカすぎて何がなんだか……俺はこの島の事だって分からんのに」
白兵衛の話に小首を傾げる傳八。
白兵衛は串で歯についた肉片をこそぎ落としつつ、小さく鼻を鳴らす。
「前にも話したろ? この島──匣爾国は二家の国衆が治めてんだ。俺らの村がある南側は細河様。北側には山那っていう領主がな」
「あー、なんか聞いたかも」
「島の覇権を巡って何度も争ってたが、今は島の北にある駿河国の大名──今川義元に戦を止められてるんだ。ま、忠誠を誓ってるわけじゃねえから、小競り合いは絶えないんだが」
傳八はぼーっと白兵衛の話を聞いていたが、更に首を曲げるばかり。
「んー……よく分かんねえけど、細河も山那もぶっ倒して、島のトップになるってのはダメなのか?」
「バーカお前、大義名分を知らないのか? 上を倒すにはそれ相応の理由が必要なんだよ。じゃなきゃ、ただの謀反人だからな」
白兵衛は囲炉裏の火を消し、煮沸した白湯を茶碗に注ぐ。
「名目上は今川家に従ってる平和な国だからな……そういうのは難しいだろう。それに、こんなちっぽけな島を治めて満足する俺じゃねえんだ。夢は天下統一だからよ」
「ふーん。色々めんどくせーんだな。じゃあアニキは島を出て今川家に仕えるのか?」
「それは──」
白兵衛が口を開いた瞬間であった。
複数人の争うような声が、小屋の外から響いてくる。
真っ先に動いたのは白兵衛。
刀を手に小屋を飛び出すと、傳八もそれに続いて慌てて立ち上がる。
「待てや! 逃さねえぞ!」
「いい加減諦めろよォ」
争いが起きたのかと飛び出した二人だったが、それはすぐに払拭されることになる。
男たちの矛先は彼ら自身ではなく、別にあった。
「な、なんじゃあ。ありゃ」
「女……?」
小屋の裏手にある小丘に立つのは、野生的な毛皮を着た複数人の男。
それに囲まれていたのは、蓑を纏ったうら若き女子であった。
「……っ」
彼女は背後にいる白兵衛たちを一瞥すると、すぐに二人のもとへ駆け込んでくる。
男たちは逃がすまいと、女を追いかけるように近付いてきた。
「あいつら、きっと山賊だぜアニキ」
「逃げる女と追いかける山賊……大体察せるけどよ、一応聞くか。お前ら何してるんだ?」
白兵衛は女を自らの背に避難させつつ、そう問いかける。
白兵衛の質問に、一際大柄な男が前に出て、女を指差す。
小汚い身なりであったが、年は若く白兵衛とさほど変わらない男だった。
「決まってんだろ? その女とっ捕まえるんだよ。あとは……分かってるよなぁ? お前ら」
「ひゃはははは!」
「用があるのはその女だ。男はとっとと失せろ。それとも殺されたいのか?」
嘲笑と情慾。
山賊たちの、そんな歪んだ声音が森に響く。
「うげ、やってること見た目通りだな、山賊って。どうする? アニキ」
「そうだな……柄じゃねえが見逃すわけにもいかん」
白兵衛はスラリと抜刀し、剣先を山賊たちに向ける。
「なんだぁ? 女庇って上人のつもりか。ムカつくガキだ……逃がすのは止めだ。殺して生皮剥いでやろう! やれェ!」
山賊たちは怒号を飛ばしながら、白兵衛へと襲いかかる。
女はそれを見て逃げようとしたが、それは傳八によって阻まれた。
「まあ心配すんなよ。アニキなら平気だから」
「……」
女は無言のまま傳八を睨むと、腕を振りほどいて白兵衛たちに視線を向ける。
白兵衛はあっという間に山賊たちに囲まれ、退路を失っていた。
「へっ、もう逃げられねえな」
「よし。一斉にやっちまうか。おらぁ!」
四方八方から振り下ろされる刀。
しかし、そこに白兵衛の姿はなかった。
「戦は何をもって勝ちとするか。それは兵を倒すことじゃねえ──大将の首を取ることだ」
白兵衛はいつの間にかその場から消え、丘の上で見物していた山賊の頭目らしき男に迫っていた。
「なにぃ!?」
「お前が大将だな? その首、頂戴するぜ──」
山賊頭は腰の刀に手をかけるが、すでに白兵衛の刀は首を捉えていた。
刹那──鮮血が舞い、その首は丘下にいる山賊たちの元に転がっていく。
「な、か、頭!?」
「う、嘘だろ……」
そんな呆気のない決着に、山賊たちの間で動揺が広がる。
白兵衛は血を払い、刀を肩に担いで山賊たちを見下ろす。
「大将は討ち取った。お前ら、まだやんのか?」
「く、クソが!」
白兵衛が剣先を山賊たちに向けると、彼らは脱兎のごとく背を見せて逃げ出す。
「あ、オイ。首は……ったく、大将の首は置いてけぼりかよ。薄情な奴らだ」
「ただの賊よ。そんな武士道精神なんて持っているはずがない」
蓑を脱ぎ去り、女は初めて口を開いた。
艶のある長い黒髪を揺らし、艶やかな着物を纏った少女。
小さく息を漏らし、白兵衛の前に立つ。
「三十六計、擒賊擒王。油断した将を先に討ったのは上策ね。でも、単騎駆けなんてどうかしてる。敵が格上だったらどうつもり?」
「はあ?」
「ま、見事な立ち合いだったと言っておくべきか。雑兵にしては、だけど」
彼女の慮外の反応に、白兵衛は顔を歪める。
眉間にしわを寄せながら、袖の汚れを振り払う彼女を覗き込む。
「で? あんた誰だ? なんで山賊に追いかけられてたんだ?」
少女は懐から扇子を取り出す。
その鶴が描かれた深紅の柄を広げ、口元を隠して目を細めた。
「私は匣爾国大名、細河遠江守元継が娘──千鶴と申す」




