荒れ庭の剪定 ②
枯葉と折れた枝を掃き出し、絡まった蔦を熊手で引き寄せる。池から汲み上げた水を一掬い、地面に撒けば音もなく草は溶けるように消えた。土にまみれ、重労働に額から滲んだ汗を乱暴に袖で拭う。命の色を置き忘れた庭。それでも土はまだ終わりを拒んでいた。少しずつ、形が整えられていく。
「種はどこ植える?」
「ふむ、そうだな…お主が好きに撒けばよい」
「なんでだよ。綺麗な庭にしたいんだろ?花は花壇みたいな、区切られた場所に植えるもんじゃねえの?」
「確かに花は花壇のように区切られている方が美しい。だがな、ここの主人はワシの知らぬ間に種を撒いていた。好き勝手に撒いて、管理は全てワシだった」
庭守は遠い記憶を撫でるように庭を見渡す。
「この庭は、決められた場所で咲くよりも……思い思いの場所で花開く方が、よく似合う」
「……分かった。適当に撒いてくる」
「よろしく頼む」
鏡影を見送った庭守は、再び錆びた剪定鋏を鳴らす。パチン、と乾いた音が庭に落ちた。ゆっくりと枝を選び、迷いなく刃を入れる。伸び放題だった枝は落とされるが、根元までは切らない。芽を宿した箇所だけが丁寧に残されていた。そこに次の季節が約束されているかのように。年老いた体とは思えぬほど動きは正確で、慈しみに満ちていた。
「全部切らないの?」
「駄目だ。庭はな、整えるものであって殺すものじゃない。生きている芽は残す。これは緑を生かす者の決まりだ」
水綺は庭守の手元を見つめたが、違いは分からなかった。どれが生き、どれが枯れているのか。けれど整えられていく庭は、不思議と見ていて気持ちのいいものだった。
「庭も、花も、手を入れなきゃ腐る。美は放っておけば死ぬ」
パチン、と枝が落ちる。
「枯れたはずのワシの役目は、庭と共に目を覚ます。生きていると、実感できる」
「…役目かぁ。私の役目はロゼイア姉様達のお手伝いだけど、いつか願いを叶える側になれるかな?」
「己の生き方は自分で決めるものだ」
庭守はゆっくりと水綺の頭に手を置く。
「長い時を経て、いろんなことを経験するといい。立派な社の遣いになれるかどうかは、お主の力次第」
冷たく、ざらついた樹皮のような感触。けれどその手つきは驚くほど優しく、頬が自然と緩んだ。
「おいノロマ!サボんな!」
「サボってませーん!少しお話ししただけですぅ!先にサボっていたのは鏡影の方でしょー」
バケツを持ち上げ、荒れた雑草へ水を撒く。汗にまみれ、土に汚れ、何度も息を切らしながら作業は続いた。
「はー………綺麗になったぁ」
「づっがれたぁ」
荒れていた庭は息を取り戻していた。あえて残した雑草もまた、庭の一部として静かに揺れている。色をなくした廃墟。けれど建物はそのままに、庭だけが確かに呼吸をしていた。
「あら、見間違えたわね」
「ロゼイア姉様」
蜂を一匹食べるのに、どれほどの時間をかけていたのか。汗と土にまみれた水綺達とは対照的に、ロゼイアは変わらぬ姿で優雅に歩く。
「ロゼイア姉様も手伝ってほしかった」
「ワタクシ、汚れるのが嫌いなの。あなた達は社に帰ったらすぐ湯浴みなさい。ラフレシアみたいで汚らしいわ」
「ひどい」
「そっちはどうだったんだよ。蜂は美味かったか?」
「味なんてしないわよ。色んなものを食べたけれど、美味しいなんて一度も思ったことがないわ」
「舌が肥えてらっしゃる…?」
「虫を食べる時点で終わってるだろ」
「お黙り」
「いってっ!」
扇子で叩かれた鏡影をよそに、ロゼイアは庭守へ視線を向ける。
「準備は終わったかしら?」
「あぁ。久々に腕が鳴るほど楽しかった」
「そう。なら、フィナーレにいきましょうか」
美しい花には棘がある
呪文の言葉が庭へ囁く。色を忘れた草が瑞々しい青緑を思い出し、撒かれた種は目を覚まして芽を伸ばし、蕾を膨らませる。ふわり、と個性豊かな花が庭いっぱいに咲き誇った。乾いていた風が春を連れてくるように温もりを帯び、命を運んだ。
「……あぁ」
目の前の光景に庭守は言葉が震えた。
「夢にまでみた。ワシの……願い」
命が芽吹く庭を、庭守は歩く。枯れ木のようだった皮膚は枝へ。指先と枝先から葉が生まれる。
「ワシは庭守。庭を整え、主人の目を癒すのが役目」
庭全体を見渡したあと、水綺達を見る。
「ありがとう。見事な手入れだった」
枝となった体は幹へと溶け、足は根となって大地に張る。
「これで、ワシも庭の一部だ」
風に吹かれて花弁が舞う。庭守は姿を変え、大きな一本の樹となって庭の中央に聳え立つ。物言わぬ、ただの樹になった妖。そこに悲しみはない。ただ最期まで役目を果たした存在の、静かな誇りがあった。
「……すごい」
零れた言葉に、ロゼイア姉様は頷く。
「願いはね、叶えてあげるものじゃない。叶えさせてあげるものよ。それがワタクシ達、社の役目。よく覚えておきなさい」
依頼者の願いを叶えた願糸を回収する。美しく、荘厳になった庭を見て強く思った。いつか自分も。誰かの願いを、最後まで支えられる存在になりたいと。




