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花束に愛を込めて



「わぁ…!」


思わず息をのんだ。黄金が揺れていた。一面のススキ原。ここは秋の季節なのだろう。乾いた風に吹かれて小さな波を作っている。


「ノロマ、置いていくぞ」

「え…!?ちょ、ちょっと待ってよ!」


感嘆していた私を置いて、いつの間にか鏡影がロゼイア姉様と一緒に先に行ってしまっていた。少しくらい浸らせてくれてもいいのに。慌てて二人の後を追う。

三人は糸で形どられた小さな亀のあとを辿る。その亀は、誰かの願い。強く願う心が"手助けしてほしい"という想いを編み込み、形にした依頼書のようなもの。そして依頼者のもとへ導く道標でもある。亀はふよふよと風の中を泳いでいく。やがて葉を落としきった木の根元に、小さなネズミの姿が見えた。それを確認した途端、亀は鏡影の手元へ静かに戻る。


「もし、もし。願いを叶えに、綻びの社から参りました。糸は、お持ちでしょうか?」


いつもの口上を述べる。ネズミは尻尾を横に振って顔を上げた。


「おぉ。お前達が噂の社の者か。本当に願いを叶えてくれるのか?」

「叶える、じゃなくて手助けよ。ワタクシはロゼイア。あとは見習い一と二よ」

「水綺です」

「鏡影だ」

「それで、願いの内容を聞いても?」

「私は地中に棲む、ただの穴ネズミ。私の願いは、今度祝言する友人に花束を贈りたいのだ」

「花束って…」


辺りを見渡す。一面のススキの野原はロゼイア姉様の背を越すほど高い。その中で花を探す?無謀、を顔で表現する私に穴ネズミさんは笑った。


「花はススキの隙間で咲くもの。少し大変だが、なんてことないぞ」

「う、す、すみません」

「つまりワタクシ達への依頼は、花束を作るための花探しというわけね」

「その通り。手伝ってくれるか?」

「えぇ。そのためにワタクシ達は居るもの。ただし、お代はいただくわよ」

「お、お代?」

「当然よ。誰が無償でお願いを聞くものですか。ボランティアなんて御免だわ。けれど安心なさい。ワタクシのお代は安い。しかも前払いよ」

「お、お金は持っていないのだ。待っていてくれるなら、今から誰かから借りに…」

「結構よ。ワタクシのお代は…そう………」


ロゼイア姉様はバッサリ切り捨てた。あまりの早さに穴ネズミさんが口を開けたまま固まっている。ロゼイア姉様は胸に手を当て、堂々と宣言した。


「このワタクシに"食事"を提供なさい!!」

「うん?」


ポカンとする穴ネズミさんに、私は慌てて弁明する。


「あのね!あのね!願いを叶える代わりに"お代"をもらうのが決まりになってるの。ロゼイア姉様の場合は食べ物が見返りでね。おにぎりやパスタ、ケーキに木の実とか食べ物ならなんでもいいの。本当に急でごめんなさい。ロゼイア姉様に何か食べ物をあげてください」

「なるほど。そういうことなら少し待て。今は冬籠に備えて食料を集めているところだ。イチオシを持ってこよう」


そう言って穴ネズミさんは木の根元に穴を掘り、地中へと潜っていった。


「今回は随分と可愛らしい依頼ね。鏡影、亀をしまって土を此処まで持って来なさい」

「分かった。ノロマ、小瓶を開けるぞ」

「あ、うん」


鏡影は慣れた手つきで、私の鞄紐に取り付けた空の小瓶を手に取る。亀をそっと中に入れ、ロゼイア姉様の言葉どおりススキ原の奥へと歩いていった。


「あんたは適当に、地面に範囲を描いといて。ワタクシはちょっと席を外すわ」

「分かりました!」


範囲を描くといっても辺りに枝は落ちていないし、ススキでは土を掘れそうにない。仕方なく、はしたないと思いつつも足先で土を掘って輪郭を描いていく。ロゼイア姉様の姿は、もう見えなかった。


ひょこ


「ん?一人か?他の者はどうした?」

「あ、おかえりなさい。ロゼイア姉様と鏡影は、穴ネズミさんの願いのために準備をしているよ」

「そうか。なら今度は私が待つとしよう」


穴から顔を出した穴ネズミさんは、毛に付いた土をぱたぱたと払い落とす。私は穴ネズミさんにずっと気になっていたことを尋ねた。


「ねぇ、穴ネズミさん。聞いてもいい?」

「どうした?」

「どうしてお友達に花束を贈りたいって思ったの?結婚する人に花束って、あまり聞かない気がして…」

「まぁ、確かに珍しい分類だろう。水綺、といったか。贈り物というのは"何をあげるか"じゃない。"どうしてそれを贈りたいのか"が大切なんだ」

「うーん……よく分かんないや」

「お前はまだ若い分類だからな。私のように長く生きていれば、いずれ分かる時が来る」


穴ネズミさんはどこか懐かしそうに笑い、語り始めた。


「ご覧の通り私は小柄で、誰かに踏まれればひとたまりもない、弱い妖だ。けれど友人はそんな私を笑うこともなく、同じ目線で隣に立ってくれる。共に遊び、共に食べ、時には危険な橋も渡った。懐が深く、豪快で、よく笑う。そんな大切な友人が、もうすぐ祝言を上げるんだ。何か贈りたいと思うのは、当然だろう?」


そう言って穴ネズミさんは足元の折れたススキを両手で抱え上げようとした。けれどほんの少し持ち上がっただけで、すぐに地面へ戻ってしまう。その小さな腕では抱えるには重すぎた。


「私は非力で小さい。持てるものはいつだって軽くて、小さなものばかりだ」

「でも、どんな贈り物でも嬉しいと思うよ?お友達なら」

「馬鹿者!確かにあいつは何をあげても喜ぶだろうが、そういう問題ではない!」

「わっ、ご、ごめんなさい!」

「ふん。だからこそ大きくて、色鮮やかな花を贈りたいのだ」


その言葉に首を傾げた。小さいものしか持てないからこそ、大きなものを贈りたいという気持ちは分かる。けれど、どうして花なんだろう。食べ物でも、形に残る器でもいいのに。


「何故って顔をしているな、水綺。お前は本当に分かりやすい」

「そ、そんなつもりじゃ」

「クスクス。幼子はそんなもんだ。我ら妖は長く生きる。長い刻の中で、友は一瞬の瞬きで祝言を上げる。その一瞬で鮮やかな記憶を残してやりたい。花なんて所詮長く保たず、すぐに散ってしまう。それでも友人に贈りたいんだ。小柄な私が、大きくて鮮やかな花を友人に」

「なんか、切ないね」

「何をいう。花は枯れど、我らの縁は変わらぬよ」


「それにな」と穴ネズミさんは胸を張る。


「花に興味なくても、いずれ目に留まってしまうもの。それが花の魅力だ。そうだろ?」

「…うん。確かにそうかも」


綺麗なものには誰だって目を奪われる。かつてロゼイア姉様が言っていた言葉。穴ネズミさんの言葉に私は思わず勢いよく頷く。なんだか、その気持ちがすごく分かる気がした。

その時、ススキ原がさらりと音を立てた。風が、誰かの気配を連れてきたように。ススキ原から出てきたのは土が入った紙の箱を抱えた鏡影。鏡影は水綺を見つめて告げる。


「サボりか?」

「違うし!ロゼイア姉様に言われて地面に範囲描いたもん!」

「あぁ、そう」


相変わらず冷たい対応に頬を膨らます。鏡影は持っていた箱を傾けて範囲内に土をかけ始めた。


「ん?お前、そのような箱を持っていたか?」

「これは俺の能力【折り紙付き】。紙さえあれば、どんな形にも折って命を宿せる。ただし紙で折れるもの限定だけどな」

「ほう、便利な物だな。社の者達は能力が使えるのか」

「そこのノロマ以外は使える」

「これから!これからだから!」

「っふ、まぁ、頑張れ」

「そこ!憐れまない!!」

「…騒がしくってよ。そんなにピィピィと囀って、コンサートでもするつもり?」

「ロゼイア姉様!」

「淑女たるもの白百合のように気高く、桔梗のように優雅に、秋桜のように愛らしくなくては。お分かり?水綺」

「ごっ、ごめんなさい」


足場が悪くてもロゼイア姉様が歩けばそこは花道になる。揺れるススキさえ、ロゼイア姉様の歩みに合わせて舞っているようだった。素敵すぎて思わずため息出ちゃうぐらい美しい。私も見習いたい。


「食事の用意はできたかしら?」

「もちろん。秋だからな、山葡萄はどうだろう?ひとかけしか持ってこれなくて申し訳ないが…」


申し訳なさそうに両腕で山葡萄を持つ穴ネズミさんに、ロゼイア姉様は気にせず山葡萄を摘む。


「洗って」

「はい」


鞄から水が入った筒を取り出し、山葡萄に水をかけて洗う。土がついてないか確認し、ロゼイア姉様に渡す。ロゼイア姉様は山葡萄を口に含み、しばし目を閉じた。


「……これも違うわね」

「え?」

「なんでもないわ。さぁ、改めて願いの内容を確認するわよ」


ロゼイア姉様は範囲内に入れられた土のそばに立つ。手のひらサイズの瓶を取り出した。ちゃぷん、と青色の液体が揺れる。


「あなたが強く願った願いは何かしら?」

「今度祝言を上げる友人に、花束を贈りたい」

「それは何故?」

「私のような小柄では大きな物は渡せない。大切な友人の、祝言なんだ。綺麗で、大きく、鮮やかな花を贈りたい」

「よろしい。では、強く、願いなさい」


瓶の蓋が開く。すっきりした香りが漂った。青い液体が土に降り注ぐ。ひとしずくが触れた場所から芽が伸び、風に揺れながらひとつ、またひとつと花が開く。


「ワタクシの能力【美しい花には棘がある】は、真実の想いにのみ奇跡をもたらす。あなたのお友達に花束をあげたいという願い、本当のようね。あなたの素敵な想いに、奇跡が応えてくれたわ」


ロゼイア姉様の能力は、とっても素敵な力だと思う。誰かの想いが、形になる。その光景を見ていると、なんだか胸があたたかくなる。色とりどりに咲き誇る花達に囲われたロゼイア姉様は、まるで不可能を可能にする奇跡……青い薔薇のようだ。


「さぁ、花を選びなさい。あなたが選んでも構いませんし、ワタクシが似合いのものを見繕うこともできるわよ」

「お願いしてもいいか?花言葉は詳しくなくて…」

「あら、そう?花なんて直感でいいのよ。花言葉なんて気にせず、気に入ったものを贈れば花も喜ぶわ。けれどせっかくのおめでたですもの。しっかりしたものを贈りたいわよね。水綺、依頼者を持ち上げなさい」

「?はい。穴ネズミさん、どうぞ乗って」


両手を差し出して穴ネズミさんを乗せる。ロゼイア姉様は満足げに口角を上げた。


「よろしい。その方が花をよく魅せられるわ。簡潔でいいから、あなたはお友達にどんな想いで花を贈りたい?」

「こんな小柄で弱い私と仲良くしてくれる大切な友人だ。これからもずっと友である証と祝福、そして幸せを願って贈りたい」

「素敵ね。なら…」


ロゼイア姉様はそっと花を摘み、指先で形を整えながら言葉を紡ぐ。


「ダリアの花言葉は『感謝・優雅・豊かな愛情』。華やかで祝福の象徴、友人の幸せを願う花よ。秋明菊の花言葉は『忍耐・淡い愛』。白く上品で、清らかな幸せを願う贈り物にぴったり。秋桜の花言葉は『調和・友情』。思いやりと絆の象徴ね。そして最後にユーカリの葉で全体の調和を整えれば……はい、出来上がり」


魔法なんて使っていないはずのに、ロゼイア姉様の手の中で次々と花が整えられていく。そしてひとつの立派な花束が生まれた。


「きれい……」


思わず声が漏れる。手の上にいる穴ネズミさんも言葉を失っているようだった。


「あなたの願いに、添えられるかしら?」

「あぁ、あぁ……十分だ。ありがとう、こんな素敵な花を見繕ってくれて。あいつも、きっと喜ぶ」

「感謝はあとででいいわ。まずはお友達に花束を渡してから。そうでしょ?」

「…喜んでくれるか?」

「なあに。あなたのお友達は、そんなちっぽけな人?」

「はは!そうだな…あいつなら、きっと喜んでくれる。そうだ、是非一緒に祝言に参加してくれないか?こんな立派な花を、私一人では持って行けないんだ」

「いいわよ。そこの見習い共をこき使ってやって」

「おい」

「私はいいよ。慣れてるし」

「ふふ、祝言が楽しみだ」


冷たい風が、想いを込めた花束を揺らした。それはまるで、誰かの願いが微笑んだようだった。




待ちに待った祝言はとても賑やかで、幸せに満ちた空間だった。主役を祝う妖たち。祝われて笑う新郎と新婦。そして_____


「山童!」

「おお!穴ネズミ!お前も来てくれたのか!」

「当たり前だ!その、おめでとう。これ…」

「おお。これは見事な花じゃないか!ありがとうな、穴ネズミ!持ってくるの大変だっただろう」

「そんなことはない。せっかくの山童の祝言だからな。これくらい平気だ」

「ガッハハハハ!そうか、そうか!感謝する!そうだ!嫁を紹介しよう。嫁は花が好きでな。お前がくれた花を教えてもらおう!」

「ちょ、やめろ!無神経なやつめ!お前は黙って受け取ればいいんだ!」

「スミレーー!!この花、教えてくれー!!」

「山童ーー!!!」


花が降り注ぎ、笑い声が響く祝言の場。その楽しげな光景を見ながら、水綺は鏡影に問う。


「ねぇ、鏡影」

「何?」

「私も穴ネズミさんみたいに、誰かのために花を贈れるかな」

「………少なくても、お前に花を贈る物好きいねぇだろ。鈍臭いし、馬鹿だし」

「全部悪口!」

「おい、糸が出てきたぞ」

「あ!」


仲良く談笑する新郎新婦と穴ネズミさん。新郎の肩にちょこんと座る穴ネズミさんの背から、キラキラと輝く願糸が立ちのぼる。社の者しか見えない"願いの糸"。鞄に取り付けている亀が入った小瓶を外し、蓋を開けて願糸に向ける。すると願糸は小瓶の中へ吸い込まれていった。願糸は小瓶の中の亀と交わり、ゆっくりと溶け合っていく。ぽうっと淡く光り、やがて瓶の中は静かな水で満たされた。


「任務、完了!」



大切な友人に想う願い。それは、そっと花のように咲き、見ているだけで胸が温かくなる願いだった。



****


「ただいま帰りましたー!」


任務を終えて綻びの社に帰ってきた。出迎えたのは仲良く手を繋いでいるワオトちゃんと今にも寝そうなユイトちゃん。その傍らには黒い狼が静かに立っていた。


「狼さん、お願いします」


水に満たされた小瓶を渡す。狼さんは小瓶を加えて何処かへ歩き出した。


「おかえり、なさい」

「ええ。リボンをお願いするわ」

「ん」


ユイトちゃんから手を放したワオトちゃんは、ロゼイア姉様の背中にある黒リボンを解く。


「ではワタクシはお休させていただくわ」

「おやす、なさい…」

「…す…み………」

「お休みなさいませ、ロゼイア姉様」

「おやすみ」


ヒールを鳴らして絹の帳の向こうへと消えるロゼイア姉様の背を見送る。ちょきん、と隣で糸が切れる音がした。


「次、水綺の番…」

「あ、はーい」


紅白の糸が絡まった手首を差し出す。ワオトちゃんが静かに糸切りバサミを入れる。


ちょきん


糸が切れる音が社に静かに響いた。何度も繰り返してきたことなのに、それが何を意味しているのか私にはまだ分からない。


「これで、大丈夫」

「ありがとうワオトちゃん」

「ん。戻ろう、ユイト」

「…う、ん」


再び手を繋いでワオトちゃんとユイトちゃんは絹の帳をめくった。


「俺らも仕事に戻るぞ」

「はーい。掃除から?」

「当たり前だろ。どっかの誰かさんが寝ていたせいで、全然進んでねーよ」

「ごめんって!」

「口だけは元気だな」

「うるさいなぁ、もう!」


いつもと変わらない、綻びの社の一日がまた始まる。そして今日もまた、ひとつの願いが静かに満たされていった。




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