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太陽が消えた国、アンバール

叩きつける雨が窓を打っていた。どんよりと垂れ込めた空は重く、湿りきった空気が室内の光さえ鈍らせている。絢爛豪華な調度に囲まれた部屋で、一流の職人が仕立てたドレスを纏う女性は静かに息を吐いた。


「……いつになれば止むのでしょう」


憂いの言葉に応えるかのように空間がゆらりと歪む。蜃気楼のように揺らめいたそれは次第に輪郭を持つ。一つ、二つ、三つ。人影へと変わる。


「何やつ!!」


鋭く声を張る女性に応じたのは幼い声。


「もし、もし。願いを叶えに、綻びの社から参りました。糸は、お持ちでしょうか?」

「糸…?」

「あなたの願いを叶えにきたの!私は水綺!あなたのお願いは何?」

「何を言って…」

「はあ?忘れた?あんたが強く願ったから叶えに来てやったのに。覚えてないなら願うんじゃねーよ」

「ちょっと鏡影」

「……!も、もしや、本当に。あなた方は願いを叶える存在なのですね」

「うん。といっても叶えるのはロゼイア姉様で、私と鏡影はお手伝いなんだけど」

「これはとんだご無礼を。御伽話なものだと思っていましたので、無礼をお許しください」


スカートの裾を整え、優雅に一礼した。


「立ち話もなんですし、おかけになって下さいまし」


女性はロゼイアに劣らぬ気品を湛えて微笑んだ。






「私はガーネット。太陽の国、アンバール王国の第一王女です。とはいえ今では太陽が消えた国などと呼ばれておりますが」


自嘲気味に笑ってカップを傾ける。テーブルには色とりどりの茶菓子。甘い香りに誘われるように水綺達は思い思いに手を伸ばす。ロゼイアだけは静かに紅茶を口にした。


「私の願いはリリオの調査をお願いしたいのです」

「リリオ?」

「ええ。……その前に少しだけこの国の話を」


ガーネット姫は窓の外、絶え間なく降り続く雨へと視線を向けた。


「アンバール王国は一年を通して太陽に恵まれておりました。有名なものは太陽の雫と呼ばれる宝玉で、その光を受けて輝いていたのです」


ガーネット姫が身に付けているピアス、ネックレス、ブローチ、指輪。雨でも輝きを失わない宝石細工。その宝石が日の光を浴びればどれほど輝くのか、水綺には想像もつかなかった。


「それともう一つ。この国には聖女がいました」


水綺が口いっぱいに菓子を頬張りながら首を傾げる。


「せいじょ?」

「ええ。奇跡の力を持ち、人々の憂いを取り払った存在。悪を退け、弱きを救う……絵に描いたような英雄です」

「凄い人なんだね」

「そうですね。彼女の功績に讃え、我らは彼女に称号を授けました。ですが褒美は不要だと。代わりに民の声を聞けと仰ったのです」

「…あら」


ロゼイアはガーネット姫の話に目を細めた。


「それはまた、随分と出来た方なのね」

「ふふ、そうなのです。強かで、愉快でもあり、そして誰よりも優しい人でした。しかし…」


カチン、とティーカップをソーサーに置く。その音は怒りを滲ませていた。


「十年前、聖女は第一王子である私の兄、パイライトと共に姿を消しました」

「……駆け落ち?」


まさかの展開に水綺は瞬く。鏡影とロゼイアも同じようにガーネット姫を見つめる。


「聖女と王子様が?」

「はい」

「駆け落ち?」

「駆け落ちしました」

「……呆れてものも言えないわね」


ロゼイアはため息と共にカップを置いた。


「恋は盲目、とはよく言うけれど。それで国を捨てるなんて。随分と欲が忠実な王子様だこと」

「まったくです。ですが結果として兄は王にならなかった。長い目で見れば国にとっては幸いだったのでしょう」


その言葉を否定するかのように、窓を打つ雨音が一層強まった。


「ならあなたが次期王女?第二王子はいらっしゃるのかしら」

「弟が一人。まだ七歳ですが何事もなければ、いずれ弟が王に。お父様は健在ですので国を背負うのは当分先になりますね」

「そう。兄と同じ道を辿らないことを祈っているわ」

「ありがとうございます。話を戻しますが、駆け落ちした二人はそのまま行方不明になりました。国中を探しましたが見つからず、聖女と第一王子を失った我が国は大きく揺らぎました」


ティーカップに注がれた紅茶が、ガーネット姫の心情をなぞるように揺らぐ。


「六年前、私が次期王女と定められたその年に突如現れたのです。兄と聖女の子であると名乗る者が」


轟音。

雷が、空を裂いた。ガーネット姫は目を伏せる。


「名をリリオ。宮廷医師のDr.が発見し、城へと招いたそうです。お父様は受け入れ、居住を許可しました」

「都合のいい話だな。仕込みか?」

「私もそう思っておりました。ですが、疑いは晴らされたのです。聖女しか成し得ない奇跡を、リリオは確かに示しました」


無を有に。

ゼロを一に。

一を全に。


「誰もが、否定できないほどに…」

「……そうね。否定できない奇跡ほど、厄介なものはないわ」


ロゼイアの音色は柔らかいのに、どこか嘲笑を含んでいた。


「うーん?何がいけないの?聖女の子と証明した。聖女と王子の子供が見つかった。それじゃダメなの?」

「……あまりにも、出来すぎているのです。聖女と兄は事故で亡くなったと、Dr.から聞かされました。私は第一王女。表立って動くことはできません。不穏を漂わせるこの国を晴れやかにしたいのです」


雨に怯えぬ明日を。もう一度、陽の光を浴びられる日を。全ての憂いを洗い流し、再び太陽が昇るように。


「どうか、私の願いを叶えてほしい。リリオが、あの子が何者なのかを」


ガーネット姫の願いにロゼイアはふ、と微笑んだ。


「その願い、叶えてあげる」


ゆるやかに、視線を細める。


「偽りで咲く花ほど醜いものはないわ。その造花、枯れる前にワタクシが暴いて差し上げる」


ガーネット姫は思わず目を奪われた。雨も、宝石の輝きさえもロゼイアの前では色褪せて見えた。



「せっかくのもてなしですもの。対価としては、十分でしょう?」




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