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第一輪 美しい花には棘がある



ありえないことが起きると、人はそれを奇跡と呼ぶ。

星が瞬けば、未来は明るいのだと信じてしまう。

煙は邪を祓い、言葉はまじないにも呪いにもなる。

運命は細く繋がる糸のようなものだとか。



あるとき、誰かが言った。

「願いは一人では叶えられないものだ」と。

その言葉にこう応える。

「なら手伝ってやるよ」と。



願いがあるのなら強く望むといい。あなたが願った糸を辿って、そちらに参ります。



そうして今日も、どこかで糸がひとつ落ちる。



****


ぽちゃん、と雫がどこかで跳ねた。聞き馴染みのあるその音は、どこかの誰かが願ったという証。任務、という言葉が過ぎる。けれど眠気が私を手放さない。もうこのまま寝よう。布団に丸まって意識を手放そうとした。


バッ!!


「起きろノロマ!!」


怒号と共に布団の端を掴まれて勢いよく剥がされた。眠い目を擦り付けて瞼をひらけば、鏡影(きょうえい)が鋭い目つきで見下ろしている。


「いい加減に起きろ!今日の任務はロゼイア宛だぞ!!」

「はっ!?お、起きます!」


やばいやばいやばい、と連呼しながら服を着替えて適当に髪を手櫛でとく。


「もう!なんで起こしてくれないの、鏡影!同じ部屋にいるんだから、起こしてくれたっていいでしょ!」

「起こしてもお前が起きないんだよノロマ。いっつも寝汚いから、起こす俺の身になれ」

「ノロマじゃない!水綺(みずき)っていう立派な名前があるもん!」

「はいはい。格好整えないとロゼイアが怒るぞ」

「は!ロゼイア姉様に叱られちゃう…!」


落ち着いている鏡影とは反対に慌てて支度をする私。同じ部屋で過ごして同じ見習いなはずなのに、なんで鏡影だけちゃんとしてるんだろ。


「よし、終わった!」

「じゃあ荷物確認するぞ」


部屋を出る前に任務に持っていくものを確認し合う。


「鞄は?」

「持った!」

「小瓶は?」

「ある!…亀さんは?」

「ここに」

「OK!行こ、鏡影」

「おー」


部屋を出て近くの絹を捲る。水面のように揺らめく鏡には青い薔薇の刺繍が施された絹が映し出す。二人は鏡面へ飛び込び、世界が回る。鏡面を抜けた先、床に足をつけば波紋が広がった。


「うーん…」


大丈夫、だよね。髪を撫で付けて青い薔薇が刺繍された絹の前に立つ。絹の向こうから朝露を含んだ花の香りが漂う。ロゼイア姉様が目覚めてる。緊張で唾を飲む。


「ねぇ、変なとこない?」

「そんなのいいから早く呼べよ」

「鏡影が呼べばいいじゃない」

「俺の仕事じゃない」

「あーもう、分かったわよ」


緊張を抱きながら絹ごしに呼びかける。


「ロゼイア姉様!お迎えにあがりました!」


カツン、とヒールの甲高いの後に絹が捲られた。ロゼイア姉様の青い瞳が鋭く見下す。


「あんた…」

「は、はい!」


ロゼイア姉様は美の意識が強い。髪型も服装も妥協せず、他のお兄様とお姉様以上にストイック。お姉様が怒るのはそれはそれはもう、本当に恐ろしい。


「寝起きの顔をしているわね。さっき起きたばかりなのかしら。髪がところどころ跳ねて見窄らしい。服もよれてみっともないわ。まるで汚れたティーカップを拭ったあとの、使い古した布巾みたい。ワタクシの評価を落としたいっていう認識で、よろしくて?」

「違います!ごめんなさい!」

「ワタクシが窓に行っている間、その見窄らしいのをまともにしてきてちょうだい」

「はい!今すぐに」

「それと鏡影!」

「何?」

「ロゼイアじゃなくてロゼイア姉様とお呼び!」

「やだ」

「このガキ!」


いだだだだ!という声を背後に、すぐさま部屋に戻るために鏡面へ潜った。



「お待たせしました〜!」



自分の格好を改めて整えて窓へ向かう。そこには鏡影とロゼイア姉様、見送りのユイトちゃんとワオトちゃんがいた。


「あら、少しは綺麗になったんじゃない?汚れた布巾から洗濯後のハンカチ程度だけど」

「ははは」

「みんな揃ったから、いい?」

「ええ。お願いするわ、ユイト」

「うん」


ロゼイア姉様はそう言って背中を見せながら少し屈む。私より背の低いワオトちゃんは、今にも眠りそうな目でユイトちゃんの手をそっと放した。双子であるユイトちゃんとワオトちゃんはいつも一緒で、移動の時だって手を繋いでる。でもお役目の時だけはちゃんと手を放すのちょっと可愛い。ユイトちゃんはロゼイア姉様の背中にある解けた黒いリボンを結び直した。


「……結んだから、迷わないよ」

「感謝するわ」

「うん」


リボンを結び終わった後、ユイトちゃんは鏡影と私の手首に紅白の糸を結びつけた。


「ありがとう、ユイトちゃん」

「うん。じゃあ、いってらっしゃい」


ユイトちゃんはワオトちゃんと再び手を繋ぐ。いつ見ても仲良しで、思わずこっちまで頬がゆるむ。


「行くわよ、二人とも」


ロゼイア姉様が窓辺に手を伸ばす。静寂の中、四本の帯が窓の縁から伸び、風にほどけるように宙を舞う。帯は風車のように回りながら私達を包み込む。ぱちりと瞬いた瞬間、空気が変わる。知らない風が頬を撫でた。




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