トリックスター
〈酷殘暑作句の作法も何もない 涙次〉
【ⅰ】
永田です。今回はショートエッセイもどきのものを一つ。言葉遣ひもざつくばらんです。お許しあれ。
* ノイローゼにも終はりが見えた。そこで杵塚が、新顔のタイムボム荒磯も加へて、ショートツーリングに行かうと云ふ。荒磯はスズキ バンバン200/Z、杵塚は同じくスズキのGSX125r、私だけスクーター・ヤマハ Vinoora Mで、何とも變テコな取り合はせだが、一頻り短い旅を樂しんだ。然し途中、暗雲急に迫り、俄雨が降つて來た。かうどしや降りぢやバイクは危ないと、公園の庇の付いた亭に避難。荒磯がずぶ濡れになつて三人の飲み物を買つて來た。そこに大男が一人現れて、「人間諸君、私は天界の王、『天帝』だ。この雨止めたくば喜捨を少し、慾しいのだが」
* 当該シリーズ第1話參照。
【ⅱ】
最初は何を云つてゐるんだこのをつさん、と思つたのだが、考へてみれば冥府があつて天界がない、と云ふのも可笑しいと思ひ、その思ひは俄雨が募るにつれて本氣になつて來た。だが杵塚だけは、「騙されるなよみんな、魔界には色んなのがゐるからな。詐欺だと思ふ」と云ふ。そんなもんかなあ、と荒磯と私が思ふ内に、雨は已んだ。事務所に帰つてテオに訊くと、「あゝそれ詐欺ですよ。信じ易さうな人たちにたかる。だけど【魔】ぢやなくてたゞの人間です」と答へる。カンテラも、斬る程のもんぢやない、と云つてゐる。警察の領域だと。まこと、人間の心とは不思議なものだ。
【ⅲ】
荒磯に私は、力子ちやん(噂には聞いてゐた)どんな調子です? と問ふと、「フツーの幼稚園児ですよ。お風呂に一緒に入るのが樂しみでね」あゝ、子供つていゝもんだなあと私は思つた。
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〈貪欲が攻めて來たならもう秋と云ひ逃れ嗚呼暦の上では 平手みき〉
【ⅳ】
私は人並みに猜疑心ある方だと思つてゐたが‐「きつと皆、不思議な現象を見過ぎなんだらうなー」と荒磯。カンテラは「魔道がそんな簡單な詐欺だつたらいゝのだが」と云つてゐる。だがこゝにゐる面子みな、それでは食つて行けない。尾崎一蝶齋、「これは冗談だが、魔界様々なんだよな」。後に「天帝」の事は、新聞の囲み記事で報道された。私たちは濟んでのところ嗤ひ者にされずに終はつた。なまじ、不思議現象のプロを自認してゐるだけあつて、それでは恥曝しなのだ。
因みに「天帝」は白衣、長い白髭、に大きな樫の木の杖を持つてゐた。
【ⅴ】
私は埼玉の襤褸アパートに戻つて、そこらにあつたボロ切れでVinooraを拭きつゝ考へた。冥府があつて天界はないと云ふのは、確かにさうなのだ。それが現實なのだ。私は天界と云ふものを各國民がだう見てゐるか、手持ちの文献で調べてみた。世界三大宗教の影響下にある國以外では、結構輕んじられてゐるのが分かつた。神なんて詐欺みたいなもの、と云ふのは云ひ過ぎだが、それに近い考へを持つ國民は、ゐるにはゐる。天照大御神だつて周囲にはトリックスター然とした物神が澤山たかつてゐるではないか‐ そんな事をつらつら考へつ、また、私が子供が慾しいと云ふのは、私自身子供なのだと云ふ氣持ちがして、可笑しかつた。
【ⅵ】
トリックスターと云へば、私はかねてからカンテラ一味はトリックスターの集團なのだと云ふ氣がしてならなかつた。然し、トリックスターの定義の一つに、民衆に恐れられてゐると云ふより、親しまれてゐる、と云ふのがあらう。カンテラはだうか。一味の他のメンバーには親しまれてゐると云ふ評価が当て嵌まるだらうが、カンテラはどちらかと云へば恐れられてゐる。だが確かにカンテラはトリックスターだらう。
【ⅶ】
さう断定出來るだけの材料を私は持つてゐない。これは物語作者としては恥ぢずべき事なのではないか‐ またまとまりを欠いた思考を述べるに留まるが、そんな氣持ちが私の近況と一致してゐるのは、これまた確かな事なのだつた。
トリックスターと云ふ言葉を持ち出したのは、論考としては少々古臭いやうな氣もしないではない(私の心は、世界中文化人類學に沸き返つてゐた「あの頃」に飛んだ)。そこら邊は陳謝して置く。だが「天帝」がトリックスターの一種である事は確實だらう。ではまた。
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〈蒸發し逃げ水にでもなつたのか 涙次〉




