【第二章】海底都市へ沈む影
「わあ、これが“海街”…! えっ、本当に、ただの街娘がこんな豪華客船に乗っていいんですか!? この服、ちゃんと似合ってるかな……」
クロトが予約してくれた豪華客船に、私たちはついに足を踏み入れた。
オンボロの服ではまずいと思って、ミローザから衣装を一着拝借させていただいている。
水色を基調としたフリルのワンピースは、ふわりと揺れてとても可愛い。
横を見ると、ミローザは長い髪をゆるくお団子にまとめていた。まるで貴族の肖像画のように美しい。
そのスタイルにちょっと圧倒されて、私は自分の身体を見下ろす。
——悲しい。絶壁だった。
アレンはいつも通りの執事服。
クロトは——
「あれ、いつものローブはどうしたの?」
「……なんだよ、俺だって正装はある。制服だけどな」
きっちりとしたブレザーに、見慣れないバッジが光っている。
いつものおちゃらけた雰囲気とは違い、妙に大人びて見えた。
豪華客船の中は、薔薇のように赤いロードに、金ピカの装飾。
ちょっとでも汚したら、きっと一生水呑み生活になってしまうだろう。
「人数分のチケットを確認します。1、2、3——」
「すみません、これも」
そう言って、ミローザは何かを渡した。
「……なにを渡したんですか?」
「秘密です」
そう言って、ミローザは唇に指を当てた。
「……それでは、出航します。少し揺れますので、足元にご注意ください——」
いよいよ、私たちはサマーレの中央国家——
“水中都市”へと向かうことになった。
——この客船が、大事故に巻き込まれるとは知らずに。
なぜか、心の奥でざわつきを感じていた。
豪華客船に乗るのが初めてだからだろうか。
それとも、みんながどこか張り詰めた空気をまとっていたからだろうか。
「……ちょっと空気が澱んでいますね。ミローザ様、甲板にでも行きますか?」
「私も行きたいです!」
「……俺は遠慮しておく。ちょっと、仕事の整理を——」
そのときだった。
——ゴオオンッ!
船底から軋むような大きな音が響いた。
その直後、甲板へと走る二人の姿があった。
「まずい……こんなに早く“ベガ・ヴァレーナ”が来るなんて!? 月鈴、急いで!」
紫紺のフードを被った少女と、“月鈴”と呼ばれた軍服姿の女性が走り去っていく。
「……あの子、マーレア……!?」
誰より先に反応したのは、クロトだった。
「知り合いなの?」
「知り合いも何も、彼女はこの国・サマーレの次期王女候補、マーレア・サマーレだ。——彼女と同盟を結ぶために来たのに、なんであんたは知らないんだよ! いや、それより今は安否確認が先だ……!」
そう言って、クロトは甲板へと走り出した。
けれど——
「……あの一瞬で顔を識別できるのは、少しおかしい気がしますね」
「え?」
「王女候補であるなら、普通は顔も名も伏せられるものです。刺客に狙われる危険性がありますから。フード越しに正確に見抜くなんて、よほど彼女のことを知っていないと難しい」
アレンの言葉に、私は息を飲んだ。
「でも、クロトくんは地元の人ですし……」
「……それはそうですが、直感が引っかかるんです」
私は、胸の奥に生まれた“疑念”に、思わず身震いした。
(本当に、クロトくんは——私たちの味方なの……?)
そんなこと、思いたくないのに。
「っ……!!」
甲板にたどり着いた瞬間、水飛沫が顔を叩いた。
世界が、傾いたように感じた。
重力が消え、体が浮き、そして——
「——レクアァッ!!」
クロトの叫びが聞こえた。
彼の手が、私へと必死に伸びてくる。
けれども——
私は、深く、暗い、海の底へと——
静かに、そして鋭く、落ちていった。
第二章第二話を読んでいただき、ありがとうございます!
いよいよ、第二章が動いてきました…!
この先も怒涛の展開が繰り広げられるので、ぜひお楽しみに——!!