『絶望の先に、希望はまた灯る』
「…っはあ、はあ…!」
赤毛の少女は、ただひたすらに走る。
『私は暫くの間、この城を離れます』
そうミローザ様が告げてから、すでに一ヶ月が経とうとしていた。
そして今、一番の問題は——
「…ヴァアアア!!」
後ろから得体の知れない“ナニカ”がニアを追いかけてくる。
「…っ!」
足元の小石に足を取られ、彼女は転倒してしまう。ナニカはすぐそこに迫っていた。
「たすけて!!!」
絶叫に近い声で叫び、目をギュッと閉じた。
もうダメだと思ったそのとき——斬撃の音とともに、ナニカがドサッと崩れ落ちる。
「…っお兄ちゃん…!!」
ニアは兄に泣きながらしがみついた。
「夜に出歩いてはダメだよ。でも……確かに、こんなにも帰ってこないのはおかしい」
二人は街の方へと駆け戻る。
——そこには、地獄のような光景が広がっていた。
建物が炎を上げ、人々がナニカに襲われ、悲惨な叫びが響く。
「…なんでこんな目に…!」
「助けて…っああああ!!」
「もうやめて…こないで…!」
誰もが、自分の不幸を呪っていた。
本当に、絶望は訪れるものなのだと——そう思っていた。
——その時。
「それでも、希望を信じなさい」
どこか遠く、空の上から声が響いた。
「怯えていることでしょう。未知の恐怖に、もう命はないと、諦めているでしょう」
だったら、早く救ってほしい。希望なんて信じられない。
「では、その絶望に運命を委ねるのですか?」
そんなの、いやだ。
「大切な誰かを思い浮かべたとき、その顔は泣いていますか?怒っていますか?……違うでしょう。笑っているはずです。それが——貴方の心からの願いだから。なのに、貴方はその運命を見捨てようとしている。それで、良いんですか?」
「……そんなの、嫌だ」
誰かが、ぽつりと呟く。
「理不尽だと、思いませんか?それとも、これが運命だからと言って受け入れますか?」
「……嫌だ」
小さな声が、大きくなっていく。
「やりたいことがあるのでしょう?なのに、終わらせていいのですか?」
「嫌だ!!」
「そんなの、誰だって嫌です」
声は、やがてあたたかく、確かなものになる。
「——なら」
その声は、力強く響いた。
「こんなところで諦めていいはずがないでしょう!!」
人々の目が開く。
「自分を変えられるのは、運命でも、家族でもない。——自分自身です」
「だから、自分に誇りを持ちなさい」
もう、誰も泣いてはいなかった。
「前を向きなさい。立ち上がりなさい。そして、こう叫ぶのです——」
「「——私たちは、希望を信じる!!」」
その瞬間、大地が揺れた。
五等星を描く巨大な光が世界を包み、大地が割れ、空に咆哮が響く。
そこに現れたのは——王女と、使者たち。
竜の背にまたがり、少女が叫ぶ。
「フラル・ドラーク!!」
竜が翼を広げ、空へ駆け上がる。
天を覆う天蓋に突入し、——突き破った。
ガラス片のように砕けた天蓋が、クリスタルのように煌めきながら降り注ぎ、
ナイトメアはすべて、その動きを止めた。
——そして。
彼女たちは、一番高い塔の上にたどり着いた。
そこは、夜光花が咲き乱れる花園。
神秘的な光の中、”本物の王女”が静かに立っていた。
「姉上。……ここに、いらっしゃったのですね」
ミローザは、素直に喜べなかった。
彼女がいなくならなければ、すべては——起こらなかったのだから。
「よく、ナイトメアを退けたわねぇ」
そう笑って祝福するフローラ。
しかしレクアは困惑していた。
「え、ねえ、なんで竜が召喚できたの!? っていうか天蓋ってなに!? なんでそれでナイトメアが倒せたの!?」
「空気読めよ……っていうか一緒に読んだだろ?この国は天蓋で雲を生み出してナイトメアをコントロールしてたんだ。あれがナイトメアの本体みたいなもんで、竜は暴走時の制御装置だ。それを起動するには国民の意志が一致している必要があって——って、聞いてないなこいつ…」
授業みたいな解説を聞き流し、レクアは頷いて誤魔化した。
「…まあ、色々あったしな。洞窟に半月こもってたらしいし。でも結果オーライ」
「過去に、謎が解けずに100年こもった者もいたそうですよ」
「へぇ……って、100年!?」
——その時。
「そろそろ、教えていただけませんか……姉上」
ミローザが真剣な目でフローラを見つめる。
「……そうねぇ。でも……」
「姉上!」
彼女の声に、フローラは小さく驚いて、頷いた。
「仕方ないわね。……塔でナイトメアの記録を探っていた時、こんなものを見つけたの」
フローラは、一枚の古びた紙を差し出す。
そこには、こう書かれていた。
⸻
ワレラノ 研究ノ 結果
コノ世界ハ アト 数年デ
滅ブダロウ。
ソノタメニ ワレラハ
⬛︎⬛︎ヲ ⬛︎⬛︎シテ
早急ニ ⬛︎⬛︎シナ⬛︎レバ
ナ⬛︎ナ⬛︎ダ⬛︎⬛︎⬛︎…
⸻
「…どういうこと、ですか…?」
ミローザが紙を握りしめ、フローラに詰め寄る。
そして彼女は——言った。
「この通りよ。……この世界は、あと数年で滅ぶわ」
その声は、冷たい絶望を帯びていた。
レクアは——目の前が、真っ暗になったような気がした。
第七話を読んでいただきありがとうございます!
祝!これにて一章完結!
けれどもレクアの旅はまだまだ続きます!
何卒応援よろしくお願いします!!