『ふたつの秘密が導く、閉ざされた記憶の扉』
「…ああ、そうだ。王女はやはり、姉を偽って政をしていた。……でも、そんなの無理に決まってるだろ? この洞窟から出られたとしても、どうせすぐに新月がやってくる」
クロトは、不思議な金属のようなものを手に、誰かと話していた。
「…今、誰と話してたの?」
レクアがダメ元で問いかける。
「っ、ああ、まあ……仕事仲間ってところだな。それより、ここからどう脱出するかが問題だ。緊急要請は出したけど、この場所じゃ電波が——って、わかんないか」
でんぱ? でんでん虫のことだろうか。
「確かに、ここ湿っぽいもんね」
「……なんかすごい勘違いされてる気がするけど、まあいいか…」
洪水に巻き込まれたあと、奇跡的に見つけた横穴にクロトが飛び込んでくれたことで、なんとかここまで来られたものの——
「…っ、いった…!」
立ち上がった瞬間、足に激痛が走った。ひねってしまったようだ。
「……仕方ないな。今回だけだぞ」
クロトはそう言うと、レクアに背を向けてしゃがむ。
「っえ、ちょっと!?」
「…早く乗ってくれ。歩けないんじゃ仕方ないだろ?」
彼はそう言いながら私を背負って歩くが、レクアの心臓はまるで荒波のように跳ねていた。
「……やっぱり、自分で歩く」
落ちていた木の枝を拾って杖にし、片足で歩き出す。だけど、背負われた時の温もりはまだ消えてくれなかった。
——
「ナイトメアが防衛手段だったのなら、なぜ暴走するリスクを考えなかったのでしょうか…」
ミローザは一人、洞窟を彷徨っていた。
しかし、手がかりはあった。
「……これは、壁画…?」
王接間よりも遥かに広い空間の壁一面に、壮大な絵が描かれていた。
「そういえば……ナイトメアが昼に襲撃してきたことはなかったですね」
絵には、暗闇の中で再生するナイトメアが描かれている。
「——もしかして、ナイトメアは光のある環境では活動できない? でも、月のない夜に来るのなら意味がない…」
絵の中には、時計台から空に向かって何かを放っている様子があった。それが五方向に伸びていて——
「…っ、もしかして——あの五つの星は“星”ではなく、“反射鏡”…!?」
各地に光を当てることで、ナイトメアの復活を抑えていた…?
でも、上空に反射鏡を浮かべるなんて不可能だ。けれどもし天蓋のようなものを作って、塔に設置すれば——
『この、等間隔にある大きな塔はなんなのでしょう? 上が曇っていて、ちょっと塔かも怪しいですが…』
「……そういえば、レクアがそんなことを言っていましたね」
光で抑えられても、根本の原因は解決しない。天蓋自体に何かあるのかもしれない。
ミローザは、塔の頂上を目指すことに決めた。
——
「……私ね、今まで何も考えずに生きてきたの」
レクアは、少し戸惑いながらクロトに話しかける。
「小さい頃の、記憶がないの。物心ついたときにはもう“おばさん”の家にいて……どこから来たのかも、本当の親もわからないの」
身体が震える。ずっと言葉にできずにいた、不安の正体。
街のみんなは優しい。友達もたくさんいる。けれど、それでもどこか——本当の自分ではない気がしていた。
「でもね、クロトくんといると……なんだか、すごく安心するの」
なぜだかわからない。ただ、そうとしか言えなかった。
「……俺は、そんないい奴じゃないぞ」
返ってきた言葉に、息が止まりそうになる。
笑ってごまかされると思っていたのに。
期待して、勝手に寄りかかって——そして、一歩遠ざけられる。
「——あれ、なんだろう」
気まずさを誤魔化すように、周囲を見回すと、壁の一部に違和感を覚えた。
「……ここだけ、ちょっと色が違う」
レクアがそっと手を当てると——
重い砂の音とともに、壁が動いた。
その先には、小さな木漏れ日と、青白く輝く石板。
彼女は石板の文字に目を通す。
「……っ、なに、これ…!?」
「——今すぐ、ここを出よう。ミローザと合流するぞ」
——二人は、まだ心にしこりを抱えながらも、洞窟の出口へ向かって走り出した。
第六話を読んでいただきありがとうございます!
第一章もいよいよ終盤に差し掛かってきました…!
次はあっと驚く展開になっていますので、ぜひ読んでいただけると嬉しいです!