『氷の中の嘘が、すべてを終わらせる前に』
「——なんだか、バケモノでも出てきそうな洞窟ですね…砦っていうから、もうちょい豪華な感じかと思ってました…」
「…ヴァ!」
「きゃあああ!!」
突然背後から何かが襲ってきたと思ったが…。
「…またビンタされたいの?」
クロトが涙が出るほど笑っている。
(やること三歳児すぎてやだ…)
「でも、貴方たちがいるおかげで少し心持ちが良いですね。一人だったら耐えられなかったかもしれません…」
とミローザがフォローを入れたが、危うく本当にショック死するところだったので、本気でやめてほしい。
「ついたぞ」
空気が凍りつく。ついに私たちは、砦の最深部へと辿り着いた——。
⸻
ぺちゃぺちゃと、水の滴る音が洞窟内に響く。
ぬかるんだ地面が気持ち悪くて、私は気を紛らわすために彼に話を振ろうと思った。いや、本当は——気を紛らわすためなんかじゃない。
私は薄々勘づいていたからだ。
——彼が、私たちに何かを隠しているということを。
「…そういえばさ、クロトって全然取り乱さないよね」
「そうか? 仕事仲間には“喋んなきゃモテる”って言われるほどウザいやつ認定くらってるんだけどな…俺ってそんなうるさい?」
彼はそうやって、肝心なところをいつもはぐらかす。
「…私は今、真剣な話をしてるの。——クロトくん、何か隠してるよね?」
そう言うと、クロトは目を見開いた。ミローザも静かに続ける。
「私も少し、違和感を感じました。——私はフローラ、つまり姉を偽って政をしていたんです。…なのに、どうして貴方は私を“ミローザ”と呼んだのですか?」
「…ナイトメアは、古代の防衛手段だったんだ。スプリニスは小規模都市国家で、兵が足りなかった。それを補うために、屍兵を作ったんだ。——これでどうだ? 全然怖くなくなっただろ?」
「っ…!」
私は頭が追いつかなかった。
今、ミローザは“正体”を問いかけたはずだ。
なのに、それを上回る衝撃で話を逸らすなんて——。
「…ナイトメアが防衛手段なら、どうして今暴走してるの?」
「——好奇心は猫を殺すぞ」
クロトの視線が鋭くなる。さっきまでのおちゃらけた少年が、突然冷酷な殺人鬼に変わったみたいだった。
「あー、悪い! 俺ちょっと今、頭が痛くてな…この話は出てからにしよう。ここ空気が悪くて、このままだと俺の肺が灰になる…なんてな? 俺ってやっぱサイコーだわ、まじおもろい」
そう言って、クロトはそそくさと先へ進んでしまった。
私の心は、無造作に踏みいじられたようだった。
⸻
「——どうやら、行き止まりのようですね…」
洞窟を進んでいると、不思議な空間に辿り着いた。
「あれ、なんでしょうか」
私が指を差す先には、大きな壁画があった。けれど、その壁画は燻んでいてよく見えない。
「とりあえず近づいてみましょう。なにか暗号が隠されているかもしれません」
壁画のそばには、三つの窪みと小さな木箱があった。
「この窪み…上に絵が彫られてあります。角と…炎と…これは尻尾? でも、いっぱいあります」
「この下の木箱の中は——ガラスタイル…? …っ、冷たいな」
タイルを手に取ると、白い冷気が漏れた。
動物の絵が、それぞれに描かれている。
「でも、これだけじゃわからないよな…他に手がかりは…」
「どうしてこの木箱、床に置いてあるんでしょう…? これでは首が痛くなってしまいま——あっ」
首をさすりながら天井を見上げた私は、驚きで目を見開いた。
「なんか上に書かれてます!!」
——I、地を駆け抜ける者、角で貫くが如し。
美しさとは、儚さゆえのものである。
——II、空を知る者、炎に包まれるが如し。
我の尾は、人をも蘇らせるものである。
——III、人を欺く者、九つの尾を持つが如し。
真理とは、表には見えないものである。
「角…地を駆け抜ける者…っ、もしかして一角獣か? 馬のタイルがそれだろ」
クロトがタイルを窪みに入れると、左側の壁画が白く光り、一角獣の絵が浮かび上がった。
「それにしても、あのタイル…なんでこんな冷たいんだ…?」
「でも、この調子なら上手くいくかも…!」
「となるとIIは…空想の動物、炎、蘇生…あっ、フェニックスかも! 鳥のタイルを入れてみますね」
ミローザが鳥のタイルを炎のくぼみに入れると、壁画は一瞬で炎に包まれ、フェニックスへと変わった。
「じゃあ、IIIは九尾…これは簡単だね。狐のタイルでしょ?」
レクアがタイルに手をかけた瞬間——クロトは強い違和感を覚えた。
順調すぎる。
真理とは“表には見えない”とあったはずだ。
あのガラスタイルの冷たさは…氷…?
「——それじゃあ、これを——」
「——っ入れるな!!」
クロトの叫びが響いた瞬間には、もう遅かった。
タイルは小さく亀裂を生み、そのまま——溶けた。
フェニックスは、本当に燃えていたのだ。
上から、滝のような大水が降り注ぐ。
ミローザは風魔法でレクアを守ろうとしたが、間に合わなかった。
それよりも、真っ先に飛び込んだのが自分ではなかったことに、彼女は罪悪感を抱いた。
「…結局、自分可愛さが勝ってしまうのでしょうか」
今回も、やっぱりダメなのだろうか。
心を躍らせた期待は、また裏切られるのだろうか。
——けれど、そのとき。
『本当にそれで、いいんですか』
あの言葉が、耳の奥で響いた。
「…もう、いいんです。私にはもう——
……いいえ」
ミローザは正面を睨みつけ、口を引き結んだ。
「…もう少しだけ、前に進みましょう」
そう呟いた彼女は、一歩を踏み出した。
——その足元に、まだ誰も知らない“真実”が埋もれていることも知らずに。
第五話を読んでいただきありがとうございます!
今回は少し謎解き要素を出してみました。わかったらかなり頭がいいです…!
次回はいよいよ様々な謎が暴かれる…!?