『それでももう一度、笑うために』
——今回も、またダメなのだろうか。
ミローザはそう呆れたような表情で、辺りを見渡した。
小さい頃から、ミローザは姉の背中をずっと見ていた。
病弱だったミローザは、到底王女にはならないだろうと誰もが思っていたし、自分でもそう思っていた。
「本当にそれで、いいんですか?」
新しいメイドが来た。
ニアという、笑顔がよく似合う赤毛の少女。
もし、この小さな太陽が少しでも自分の心を照らしてくれたら——
ミローザは、そんなふうに焦がれていた。
そんな小さな平和の中、雷が轟いた。
——姉が、失踪したのだ。
「ニアはなぜ、笑うのですか」
「楽しいからです!……それに、笑顔は一番人を魅力的にするんだって、モテるお兄ちゃ——じゃなくて兄様が言ってました!」
姉の失踪後、情勢は少しずつ悪化していった。
「ニアはなぜ、笑うのですか」
「人の笑顔は映るんです。だって、心の底では、みんな繋がってるんですから」
国は、“ナニカ”によって、じわじわと壊れていった。
「ニアは……なぜ、笑うの…?」
「だって、最期くらい……笑ってたいじゃないですか」
彼女は、笑った。
「逃げてください、ミローザ様」
そして——ニアは、死んだ。
そのとき、五つの星が光って——ひとつ、消えた。
——時は、姉が失踪した直後に巻き戻った。
私は、もう間違えない。
姉が失踪したことを国民全体に知らせ、すぐさま捜索を命じた。
城壁を兵で固め、“ナニカ”に備えた。
“ナニカ”は、“ナイトメア”と呼ばれる屍兵だった。
何度倒しても蘇る、恐ろしい存在。
それでも、「コア」と呼ばれる核を壊せば倒せると気づいたときには——もう、ほとんどの人が死んでいた。
私は、何度でも、繰り返す。
コアの存在を広め、ナイトメアを徹底的に駆逐する。
その効果は絶大だった。個体数は激減し、希望が見え始めた。
しかし、ナイトメアは——死体に核を埋め込むことで生まれる存在だった。
私は、逃亡すら厭わなかった。
「ニア、一緒に逃げましょう」
ニアは状況を理解していなかった。
それでも、私は決断した。できる限りの人員を、ナイトメアの被害が及ばない地へと逃がした。
けれど、やっぱり——止められなかった。
星は、もうひとつしか残っていなかった。
私は、最後のループを迎えた。
きっと、もう次はない。
どうせ今回も、同じように皆が死ぬ。
だから私は、被害を最小限に抑えるため、姉・フローラ女王が失踪したことを伏せ、彼女を偽って新たな命令を下した。
「——この国を出た者は、二度と帰ることはできない。よって、この国を鎖国とする」
今回は、誰にも相談しなかった。
誰も苦しまぬように——私一人で背負うために。
「本当にそれで、良いのかよ」
『本当にそれで、良いんですか』
一瞬、少年の声とメイドの声が重なって聞こえた。
「——私だって、もう……限界なんです。とっくに、私の心は壊れていました」
気づけば、そこには一粒の涙をこぼす、一人の少女が立っていた。
「——限界だから、なんだ?それは諦めていい理由にはならない」
クロトの言葉は、鋭い荊棘のようにミローザの胸を刺す。
「じゃあ、どうしろっていうんですか!
私は……私は、もう四度も皆が死ぬところを見たんです。
もう……救いの手立ては、逃してしまっているんです。
姉が失踪した時から、この国は終わっていたんです……!」
「——女王様の願いは、一人悲しく死ぬことか?」
彼の声は、柔らかさを帯びていた。
「それじゃあ、報われないじゃないかよ。
女王様ってのは、金の玉座で茶会でも開いてれば良いんだ」
「——私は……」
ミローザは、震える声で言った。
「本当は……ニアが笑っている姿を、もう一度見たかった。
私も、一緒に……ニアと、みんなと、笑いたかった」
「勝手に過去形にすんなよ。まだ、わかんないだろ?」
クロトは、ニカっと笑った。
意地悪そうだけど、誇らしげな笑みだった。
「——私を」
「ん?」
「私を、救ってください」
彼は真剣な眼差しで言う。
「王族が国家を守ることが義務なら——
俺たち警察は、国民を守ることが義務だ」
彼は、ペンダントを取り出した。
そこには、金の彫刻でこう書かれていた。
“警察本部 特命捜査官”
——やっぱり、彼はただの少年ではなかった。
そして、空に消えかけた五つの星の、その最後のひとつが……かすかに瞬いた。
三話を読んでいただきありがとうございます!
めっちゃ嬉しいです!
次はいよいよ確信に迫っていきますので、お見逃しなく〜!