【第二章】「あの日の約束を胸に——後ろを振り向かなかった王女」
「——わたくしには弟がおりました。軍に入ったのは、この唯一の家族である弟を守るためでした。…他は、皆死んでしまいましたから」
ユエリンと名乗った女性は、蝋燭の影の中、マーレアに打ち明ける。
「でも……数年前に、弟が行方不明になって」
月鈴は、今にも泣きそうな、震える声で言う。
「それから——わたくしの目の前は真っ暗でした。なにが正解なのか、本当はいけないのか…いいえ、わからなかったわけではありません。こんなの、間違っているもの。でも…どこか、自分さえ良ければいいと思っていました」
月鈴は、真剣な眼差しでマーレアを見た。
「でも——貴方のおかげで、わたくしは本当の”命の使い方”を学びました。…同時に、あなたはここに止まっていいお方ではないと」
「…っ、それってどう言う…?」
「…あなたを、ここから追放します」
マーレアは目を見開く。
追放とはつまり——釈放を意味する。でも、そんなことが彼女だけの判断で許されるはずがない。なぜなら、私は敵国の姫だからだ。
「…ついてきてください」
月鈴は、彼女を隠して、渡り廊下を歩き、隠し扉の鍵を開けた。
「ここから、ひたすら北に走りなさい。そうすれば、あなたはいずれフォールジアに着くでしょう。なにがあっても決して、後ろを振り向いてはなりませんよ」
「…まって!そんなことしたら、あなたが…」
「…さあ、いきなさい!」
その声に感化され、マーレアはひたすらに地面を駆け抜ける。
「おい、なにをしている!!…奴隷を逃しただと!?お前…どうなっているかわかっているな!?」
後ろから、そんな声がして——
「あっははは!なんてこの世界は汚いんでしょう!!」
マーレアには、その笑い声が——痛いほど胸を締め付けた。
けれども——
“なにがあっても、後ろを振り向いてはならない”
月鈴の死刑が決定した。
今考えれば、当たり前の話だ。
敵国の姫を逃すなんて、自分でもどうかしてると思った。
月鈴は、縄で叩かれる。
「この薄鈍が!」
月鈴は、笑われる。
「…あの人、敵国の姫を逃したんだって」
「ええなにそれ!?イカれてるね」
月鈴は、いじめられる。
傷口に石を投げられ、心諸共抉られる。
それでも——月鈴はマーレアと話した日々を忘れなかった。
彼女を逃す前——作戦を決行するために、何日か話し合っていた。
彼女と話すたび——彼女もまた、なんの罪もないただの少女なのだと気付かされた。
軍人用のビスケットにペースト状の何かを乗せると、思ったよりも美味しいこと。
硬いパンはスープに溶かすと、丁度よくカリッとしていい具合になること。
いかに監視にバレずにサボれるか。
交代時間の警備は緩く、本気を出せば脱獄できてしまいそうだと笑ったこと。
監視が帽子を深く被っているのは、頭がツルツルなのをバレないようにするため。
くだらないこと、他愛のないこと、とても命懸けだとは思えないほどバカバカしいこと。
でも、結局はそういったことが1番人を形作ることを、マーレアは知っていた。
その全てが、月鈴には鮮やかな記憶に思えた。
マーレアは、彼女の心に色をつけたのだ。
朝、監視に呼ばれた。
彼女の死刑が、執行する。
彼女は——深い海のような記憶を思い返した。
裸足で、断頭台の上を歩く。
もしも、時が戻るなら。
「もう一度、彼女とたくさん思い出を作りたかった」
どうして。なんの罪も私にはないのに。
ただ、普通の少女として、遊びたかっただけなのに。
「…つらいよ」
彼女は、もう涙で前が見えなくなっていた。
…でも。
「最後の思い出が彼女で——本当によかった」
死んだら、弟に会えるだろうか。
そう朦朧とした頭で考えながら——刃が、振り落とされるのを待った。
「——全軍、襲撃開始!!」
「…っえ…?」
そこには。
将軍となったマーレアが、剣を天に掲げた。
たくさんの兵が、砂漠の民たちを抑える。
そして——
「…私、後ろを振り向かなかったよ」
マーレアは、そういって笑いながら彼女を解放し、抱きしめた。
「…よく頑張ったね。辛かったでしょう?」
「…はい。ずっと、待っていました」
私は、再び泣いた。
「——私は、負けない!!」
マーレアは、意識の中で覚醒する。
「…っ、マーレア様!!やっと目が覚めたのですね」
目を開くと、鏡の間にいた。
どうやら、過去のトラウマが魔鏡によって膨張したようだ。
でも——
「私はなにがあっても、後ろを振り向かない。それが——マーレア•サマーレよ」
彼女は、世界一かっこいい少女だ。いや——
王女だ。
第二章八話を読んでいただきありがとうございます!
マーレア過去編が、やっと終わりました……!
次は他の道を選んだ仲間たちに視点が変わります!
次回作もお楽しみに!




