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5)タルタンへようこそ

 

「カエデみてみろ、タルタンの街が見えてきたぞ」


 ソリオンが指をさす方を見ると、丘の下に城壁に囲まれた大きな街が見えてきた、城壁外の手前側には綺麗に区分けされた緑の畑が広がっており、城壁の奥は湖だろうか?向こう岸が遥か遠く、水面がキラキラと輝いている。


「おお、すごいな!あれは何だ?米か?」


「コメ?あれは小麦だ、タルタンはこの国の食糧庫と呼ばれるほど農業、漁業が盛んな街なんだが…まぁいい、カエデ、タルタンへようこそ。歓迎する」




 私を乗せた荷馬車は城壁の中へ入る列に並んだ、順番待ちの間、ソリオンに街に入るための金額と冒険者ギルドでの登録料を訊ねる。


「身分証、たとえば俺なら冒険者ギルドが発行するランク章、バートンさんなら商人ギルドの商人札があれば大体の街は無料で入れる、身分証がないと大銀貨1枚だ。冒険者ギルドのランク章は中銀貨3枚だ、商人ギルドはまた色々違うらしいが、カエデ、商人になるのか?」


「まさか、何も売るものなんて持ってないさ」


「今はそうでも、何か商売を始めたくなったらバートンさんに聞くといい、良い人だから」


「わかった」


 良い人のソリオンが良い人だというのだから、バートンは良いオヤジなんだろう、とりあえず近いうちにバートンの店へ買い物に行こうとは思っている。


「俺たちの番だ、ちょっと待っててくれ」


 ソリオンはそう言ってバートンと共に兵士のような格好をした門番の男の元へ向かう。

 しばらく話し、何かを見せたり渡したりしている、ちらっと見えたがアレがギルド章や商人札と言うやつだろう、そして渡したのは私の分の入場料だろうと推測する。


「よし、行くぞ」


 二人が戻ってきて、また馬車が動き出す。

 城壁の大きな門を通り過ぎる時、こちらを興味深そうに見ていた門番と目が合った。


 とても驚いたような顔をしていたので、角兎の死体にビックリしたのだろう、ゴメンの意味を込め、ニコリと会釈しておく。


 門番はそれに対して拳を胸に当て、ビシッと背筋を伸ばした。こちらの挨拶だろうか?


「まずはこのままバートンさんの店に向かって任務完了証明書を発行してもらう、そしたら一緒に冒険者ギルドに行こう、そこで身分証の発行と角兎の解体も出来る。良いか?」


「ああ、あんたに任せるよ」


「よし決まりだ」


 私はまた荷台で揺られながら外を眺める、昔の映画で見たような古いヨーロッパの下町のような雰囲気だが聞こえてくるのは日本語で、何だか変な感じだ。

 石畳の道路も、どう言う仕組みなのか、あまりガタガタしないのも不思議だ。


 進んでいくうちに、辺りが少し静かになってきて、街の雰囲気も変わってきた。

 門を潜ってすぐは人の往来も多く、埃っぽい感じだったが、この辺りは少し小綺麗だ、あとさっきまでは無かったガラスの窓がある事で建物の中の様子が見える。なるほど、この辺は商店街みたいなもんだな。


「ついたぞ」


 ソリオンが手を出してくれたので、私はその手に掴まって荷台からピョンと飛び降りる。うん、体が軽い。

 ここはバートンの店の裏側のようだ、裏口から出てきた従業員風の若い男が私と角兎を見て驚いている。


 やはり従業員だった若い男は、最初こそ驚いていたが、その後は特に何か言うわけでもなくテキパキと荷台から荷物を下ろし片付けていく。

 私はソリオンがバートンに任務完了証明書とやらを書いてもらっているのを横から覗いた。


(んんん???)


 何やら見慣れない文字が並んでいるが、難なく読める。

 正直なんか気持ち悪いとしか言いようのない感覚だ。しかし、不思議なことに、ずっと眺めていたらその気持ちの悪い感覚は次第に無くなっていき、文字は私の中でしっくりきた。普通に日本語を書く感覚で書けると感じる。


(変なの…)


「カエデさん、何かあればいつでも訪ねておいでね」


 そう言ってバートンは人の良さそうな笑みを向けてくれた。


「ああ、買い物にも来るよ。あ、そうだ…お礼としては不足かもしれないが今朝取れた山菜を分けてやるよ、天ぷらにすると美味そうだったよ」


「サンサイ?テンプラ?よくわかりませんが、カエデさんの故郷の食べ物でしょうか…」


 山菜も天ぷらも通じないのか…と残念に思いながら、私は葉っぱのバッグから山菜の束を取り出す。

 これはタラの芽だ、天ぷらが一番美味しい。


 ほいっとバートンに渡すと、渡された本人と、それを見ていたソリオンがほぼ同時に声にならない叫びをあげた。


「「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!???」」


「なんだい二人して…もしかしてコッチでは毒があるとかかい?」


「ん!な!?ななな!?あ!?」


「かっかっか!!かえ!!!」


 二人とも様子がおかしい。バートンの手の上に乗ったままのタラの芽を掴みとり、クンクンと匂いを嗅いでみる。


「普通のタラの芽だけどな…」


「カエデ!!」


 クンクンとまだ新鮮なタラの芽の匂いを堪能し続ける私に、ソリオンが怖い顔をして肩を掴み、ガクガクと揺さぶる。いやなんか数時間前にもこんな事あったな!?


「痛いってば!何だよ二人して!!」


「は!すまん!!」


 ソリオンは手を離すと、バートンと何やらアイコンタクトをした。何だこの二人…。


「カエデ、落ち着いてくれ」


「いや、私はずっと落ち着いてるよ…落ち着くのはあんたらだろ」


 真剣な顔で話し出すソリオンに私は思わずツッこんだ。


「う、確かに…」


「カエデさん、これはどこで手に入れたんですか?たった今摘んで来たように新鮮ですけど…」


 項垂れたソリオンに変わり、バートンが訊ねてきた。


「これは……ん??」


 森で摘んで来たと言おうとした時、左の手首を誰かに掴まれた気がした。

 見ると、そこには白い蛇の腕輪があるだけで、私は首を傾げる。


『いけません、楓さま…』


「え??」


 頭に白い男の声がして、思わず声が出てしまう。


「どうした?」


 ソリオンが不思議そうな顔を向けるので、私は慌てて誤魔化した。


「いや!何でもない!」


『思うだけで伝わります…あの森のことは言わない方が良いでしょう』


 再び白い男の声が頭に響く、私は少しホッとして心の中で会話する。


『起きたんだね、言わないほうが良いとは?』


『あの森は人が近づく事のない神域です、そこに居たと言えば怪しまれます』


『はぁ、なるほど?じゃあ何て言えば良い?』


『そうですね…友人が旅の餞別にくれた…で良いと思います』


「カエデ?大丈夫か?」


 私が白い男と話していたことで黙ってしまったのを、ソリオンが心配そうに見つめてくる。


「あ!ああ、ごめんごめん、えっと…これはそう、友人が…旅の餞別にくれたんだ」


「…そうか」


 ソリオンとバートンは納得してなさそうな顔をしたが、二人ともそれ以上追求するつもりはないようだ。


「で?これ、タラの芽…」


「タラノメと言うのは分かりませんが、これは『キウ』と言う霊木の新芽でとても貴重な薬草です、普通は乾燥していたり、枯れているものしか市場に出てこないので、こんなに新鮮なものは大変貴重なものですよ!」


 バートンは少し興奮気味に説明してくれた。


「へぇ、そうか…じゃあ、お礼になるかい?」


「とんでもない!」


 山菜もどきじゃダメか…としょんぼりしてしまう。他にあげれるもの…ワラビ…きのこ?なんかどれもダメな気がしてきた、世知辛い。


「むしろ買い取らせてください!言い値で購入しますよ!」


「ええっ??」


 思っても居なかった言葉が飛んできて、今度はこちらが驚いた。

 言い値って言われても…そもそもコチラの物価相場が何一つわからない…困ったなぁと思い、ソリオンを見ると、私が困っているのを察知してくれたソリオンが助け舟を出してくれた。


「相場はいくらだ?」


「そうですね…乾燥状態の良いもの1つで小金貨が動きます…これほど鮮度が高く、さらに5つも…中…いや大金貨1枚と中金貨2枚でどうでしょうか?」


 私がチラッとソリオンを見上げると、ソリオンが頷いたので、金額的に問題ないのだろう。


「それでいい」


「ありがとうございます!すぐに用意させますので!」


「いや、差し上げようと思っていたのに、随分と高く買い取ってくれて、こちらこそありがとう…あとついでですまないのだが…その、大金貨?ではなく小さいのでもらえるか?」


「ああ、もちろん構いませんよ!お待ちください」


 バートンは最初は気さくなオヤジかと思っていたが、商売が絡むと丁寧な気さくなオヤジになったな、とどうでも良いことを思う。


「大金貨か、カエデは角兎より高価なものを持っていたんだな」


 ソリオンは『タラの芽』改め『キウの新芽』を摘んでまじまじと眺めている。


「え?角兎より高かったのか??コレが高価なものという認識が無かったから…何とも言えないな、ソリオンも食べるか?天ぷらにすると美味いと思うぞ?」


 私は葉っぱのバッグから『キウの新芽』の束をもう一つ取り出してソリオンに差し出した。


「な!?ちょ!カエデ!まだ持ってたのか!?!?いいか!?それは今後一切人前に出すな!」


 ソリオンは私の手から『キウの新芽』の束を奪い取ると、私の葉っぱのバッグに押し戻した。

 ナイフにしろ山菜にしろ、出してはイケナイ物が多すぎるんじゃないか?


「美味しそうなのに…」


「はぁ、キウの新芽が美味しそうかどうかは置いといて、そのさっきから言っているテンプラ?とは何だ?」


 ソリオンは腕を組んでテンプラ?と首を傾げている。大男がテンプラテンプラ繰り返し言う様は中々可愛いものがあると言う発見をした。


「うん?天ぷらっていうのは…野菜や魚介、肉…まぁ中身は何でも良いんだけど、衣をつけて油で揚げたやつだよ、わかるか?」


「全然わからん」


 すごく分かりやすい説明だったと思ったのだが、ダメだったようだ。何がわからないんだろう?


「何がわからん?教えてくれ」


「うーん、具材?が何でも良いのは分かった、だがそのあとは一切わからん、コロモ?とは何だ?油で…何だって?アゲ?」


 なるほど、油はあるが、油で揚げると言う調理法が無いと言うことだろうか?


「熱い油で茹でる、みたいな感じだよ。揚げたてが美味いから、どこかで料理できたら良いんだけど」


「ほう?カエデは料理ができるのか?なら、材料さえ持ち込めば宿で調理場を貸してくれるかも知れんぞ」


「なるほど?」


 宿か、ホテルのような高級な宿泊施設では調理場はきっと貸してくれないだろうから、民宿みたいな宿があるのだろうと推測する。


「後で女将さんに話してやろう」


「うん?ありがとう?」


「カエデさん、お待たせしました」


 私たちの天ぷらの話しが終わるのと同時に、バートンが小袋を乗せたトレイを持ってきた。


「こちらへ」


 そう言ってバートンが案内してくれたのは、店の応接室のような部屋だった。


「別にあの場所で渡してくれて良かったのに」


 私がそう言うと、バートンはとんでもないと首を振る


「これは正式なお取引です、きちんとした対応をして、これからもカエデさんとお付き合いをして行きたいと言う、私の誠意ですから」


「そう言うもんかい?」


「そう言うものです」


 私はバートンに勧められた高級そうなソファーに腰掛ける、ソリオンも隣に座るのかと思ったら、私の座る斜め後ろに立って取引を見守るようだ。


「では、お確かめください」


 そう言ってバートンは小袋から、ジャラジャラっと硬貨をトレイに出し、硬貨の種類ごとに並べていく。


「大金貨1枚分はまず中金貨5枚へ、残りの中金貨2枚を小金貨2枚と、大銀貨9枚、中銀貨10枚にさせてもらいました」


 バートンはそれぞれを指し示しながら丁寧に数を数え数えていく。


 中金貨と言われた金色の硬貨が5枚で大金貨1枚分、そこまでは分かった。

 そのあとは少し混乱した、中金貨2枚が小金貨2枚と、大銀貨9枚と中銀貨10枚と言うことは…中金貨1枚の価値は小金貨2枚分?か…?大銀貨10枚で中金貨1枚、中銀貨は10枚で大銀貨1枚?ややこしいな。


 チラッとソリオンを見ると、頷いていたので間違いはないのだろう。本当か?


 まぁ、ソリオンはバートンを良い人だと言っていたし、バートンもきちんとした取引をしたいと言ってくれていた言葉にウソはなさそうだった。


 私は確かに、とトレイを受け取り、代わりに「キウの新芽」をバートンに渡した。

 これで取引は終了だ。


「このあとはどうするんですか?」


「冒険者ギルドで身分証の発行と角兎の買取依頼をしてもらいにいく予定だ」


 バートンの問いかけに、私ではなくソリオンが答えた。


「そうですね、それが良いでしょう。身分証はあった方が良い。冒険者ギルドだったら名前さえ書けば後は自動ですから、便利ですよねぇ。商人ギルドに登録したい時は私が紹介状を出しますから、何かあったらいつでも訪ねてきて下さいね」


「ああ」


 名前さえ書けば自動?とは一体どう言うことだろう…冒険者という奴は名前だけで、身元の保証など不要と言うことだろうか?流石にそれでは身分証としては適当すぎるだろうと不安になる。


 だが二人とも問題はなそうな感じで話しているし、まぁ何か知らんがちゃんとはしてるんだろう、と自分を納得させる事にした。



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