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4)ソリオンという青年

 



「ところで、あの角兎(ホーンラビット)、何か知っているか?街道から見えて様子を見にきたら既に息絶え、そばにカエデが倒れていたんだが…」


 ソリオンはウサギもどきを見ながら心配と困惑が混じったような声で聞いてきた。


「ああ、さっきあのウサギの目に石をぶつけてしまってな、怒らせて追いかけられて、とっさに私が殺してしまったんだ…」


 あのウサギもどきはホーンラビットというのか、ツノの兎…そのままの名前だったなと思っていると、ソリオンに肩を掴まれた。


「カエデが!?あれを倒した!?冗談だろう!?あれはタダの角兎ではない、通常の一角が突然変異で多角になった上位のホーンラビットだぞ!大きさも通常の倍以上ある…何か魔法でも使ったのか!?」


 ガクガクと揺さぶられ、頭が取れそうな勢いだ。


「ちょっと!痛いよ!!」


「は!すまない!!」


 私が叫ぶと、ソリオンはハッとして私の肩から手を離した。馬鹿力め。


「魔法なんて使ったことないよ」


 そう言った私にソリオンが口を開き、何かを言いかけた時だった。


「おーーーーーい!!ソリオンさん!!大丈夫かーーーー!?」


 少し遠い場所からソリオンを呼ぶ、男の声がした。

 声のした方、私の背後の方へ目を向けると街道に馬車が停まっており、その馬車の御者である男が叫んでいた。


「カエデ、少し待っていてくれ」


 ソリオンはそう言って御者の男の元へ走って行った。

 私は死んでいる角兎のそばにいき、そっと毛を撫でる、ふわふわとした毛皮は真っ白で手触りは高級なファーコートのようだ、しかし少し奥まで触ると硬く冷たい死肉の感触。


「カエデ!カエデは何処に向かうんだ?俺は護衛任務の帰りでこの先のタルタンの街に帰るところだが、カエデの向かう方角が一緒なら馬車に乗せてくれるそうだが…」


 このソリオンという男はわざわざそんなことを聞きに行ってくれたのか、親切というか、お人好しというか、見ず知らずの人間に優しくしずぎて騙されないと良いなと老婆心に思う。


「何処っていう目的地は無い、とりあえず人のいる街に行きたかったから、乗せてくれるなら助かる」


 私がそう言うと、ソリオンは嬉しそうに顔を綻ばせた。

 笑顔は子供のようで可愛いじゃないか。


「そうか、なら一緒に行こう。角兎はどうする?とりあえず持っていくか…」


 ソリオンはそう言って、死んで硬直している角兎をヒョイっと持ち上げた。


「ちょっ!そんな軽々と…あんた力持ちだねぇ…それに持って行ってどうすんだい?」


「はははっ、これくらい軽々持てないと冒険者なんて出来ないさ!それに持っていかないと肉食の魔物が寄ってくるし、こんだけでかい角兎の上位種だ、肉は血抜きしてないから安いかもしれないが…毛皮とツノは高く売れるぞ」


「はぁ、なるほどねぇ」


 角兎を担いだまま歩いていくソリオンについて行く。

 御者の親父はソリオンの担いでいた角兎を見て目を丸くして驚いていた。


「こりゃあでかいな!こんなデカいの初めて見るよ、え?嬢ちゃんが倒した!?そりゃすげぇ!」


 バートンと名乗ったこの親父はこの先のタルタンで商人をやっているらしい。隣の街へ行った帰り、草むらに白い塊を見つけ、護衛であるソリオンに確認に行ってもらった所、私が居た、というわけだ。


 ここは『神域の森』、通称ラグゼルと呼ばれる凶暴な魔物が多く住む森の近くなので、魔獣が森から出てきたのかと思っての確認だったらしい。


 ふうん?と聞いていたが、その森って私がいた森のことだろうと薄々理解する。

 そっちから来たとは言わない方が良さそうだな、と本能的に察知して口を噤んでおく。


 角兎は馬車の荷台の隅に置かせてもらった。私はその隣にちょこんと座り、馬車の荷台で足をぶらぶらさせながら流れて行く景色を眺めた。


「カエデ、角兎には傷が1つしか無かったが、実際どうやって倒したんだ?」


 馬車の後ろを歩いて護衛しているソリオンが尋ねてきた。


「ああ、持っていたナイフを振り回したら、ちょうど目に刺さったんだ…本当に偶然だよ」


「…そのナイフ、見せてもらっても?」


「ああ、いいよ」


 私は葉っぱのバッグからナイフを取り出し、ソリオンに柄を向けて差し出す。


「ありがとう。………」


 ソリオンは礼を言ってナイフを受け取ると、光に当てたり、斜めから見たり、刃先を撫でたりして見聞している。

 最初こそ刃物大好きな人のように見ている感じだったが、どんどん顔が険しくなってきた、なんだろう?ヒビでも入ってたか?


「カエデ、このナイフはなんだ?」


 ソリオンは奇妙なものを見たと言わんばかりの顔でナイフを見つめている。


「なんだって言われても…山菜採り用に友達から借りたナイフだよ」


 神様からと言うのはあんまりだなと思い、友達ということにする、まぁ実際友達のように思っているが。

 私はソリオンからナイフを返してもらい、また葉っぱのバッグに無造作に放り込んだ。


「あぁ?!そんな雑に!はっきりとは言えないが、かなり良いナイフだぞ!下手をすれば大白金貨が動くぞ!絶対人には渡すな!いいな?絶対だぞ」


「ああ、わかった…」


 大白金貨と言うのはよく分からないが、この世界の通過だろう、ソリオンはかなり小声で忠告してくる。

 よく切れる良いナイフくらいにしか思っていなかったが、一応これは神様の出してくれた物だ、わかる人には分かるズゴイ物だったのかもしれない。

 ソリオンは本当に良い人なんだろうと思う、このまま適当なお金を渡してナイフを自分のものにすることだって出来たはずなのに。


「ソリオンさん、あんたは良い人だな、私からこのナイフを騙し取るなんて簡単だろうに」


「ソリオンでいい、それに子供からモノを騙し取る卑怯な人間にはなりたく無い」


 ソリオンの目は真剣で、まさに騎士道に生きている馬鹿正直な男なのだろうと思う。

 しかし子供って…東洋人は幼くみえるとよく言われるが、白髪とシワがなくなった程度で子供に見えるわけないだろう。


「まぁ、なんにしろ無事で良かったな、角兎は上位種じゃなくても凶暴で素早い、初心者の冒険者では苦戦することもあるんだ、石が目に当たったと言っていたが、そのせいで視界が悪くなっていたのかもしれないな」


 ソリオンは角兎を見ながら話題を変えた。ナイフの話はおしまいという事だ。


「そういえば、カエデは身分証はあるか?無いと街に入るのに金がかかるが、金はあるのか?」


「身分証?」


 家に入れば運転免許証やパスポートがあるが、そもそもそれが使えるとは思えない。さっきソリオンの剣を鏡がわりにした時、そこに映る自分は免許証やパスポートに写っている自分よりだいぶ若そうな感じがした、多分それらを提示したとしても同一人物とは認識されない気がする。

 お金だってさっきの大白金貨と言っていたことからも向こうの紙幣は使えない予感がする、硬貨なら金属として売れるだろうか?


「身分証がなければ街で冒険者ギルドに行くと良い、身分証がわりに登録しておく人は多いからな。金は俺が貸しててやる」


「貸してもらえるのは有難いが、すぐに返せる当てがないよ」


 私が眉を下げると、ソリオンは不思議そうな顔をして角兎を見た。


「この角兎は売らないのか?素材を売れば解体料や手数料を引いても、1ヶ月は余裕で暮らせる額になるぞ?」


「…は?こいつはそんなに高額で売れるのかい?」


 確かにこの毛皮は手触りもいいし、高額で売れるとは言っていたが、せいぜい日本円で1万円とかだろうと思っていた。物価が違ったとしても1ヶ月が余裕で暮らせる金額…30万円…とかだろうか?うーん…。


「これだけ大きいし、傷もほとんど無いからな、さらに純白角兎の毛皮は貴族に人気がある。角や内蔵、骨だって素材にできる」


「へぇ、そうなのか」


「…カエデ、君は何も知らないようだが大丈夫か?」


「何がだい?」


 今度はソリオンが眉を下げた、困った大型犬のような顔だな。


「何がって、一人であんな場所で寝ていたり、国宝級と思われるようなナイフを無造作に使ったり、モノの価値や常識が欠落しているように感じる…」


 うーん、まぁ確かに日本では常識のある人間であったと自負しているが、この異世界とかいう未知の場所で、私の今までの常識は何も通用しないと思った方がいいのだろう。


「そうだねぇ…まぁなんとかなるだ…」


「ならない!甘く見過ぎだ!」


 私の言葉が言い終わらないうちに、ソリオンは叫ぶように私を叱った。

 ちょっとびっくりしてしまい、私は目を見開いてソリオンをマジマジと見つめる。


「あ…大きな声を出してすまない」


 私が怯えているとでも思ったのか、ソリオンはしょんぼりと項垂れた。

 私は怯えていたのではない、ただちょっと昔、夫に同じように叱られたことを思い出しただけだ、あれは何で叱られたのだったか、声を荒げる事などほとんど無い夫が私を強く叱った…それだけが強く記憶に残っている。


「いや、大丈夫、叱ってくれてありがとう。ソリオン、この角兎はお前さんにやるよ」


「はぁ?何でそうなる!?受け取れるはずないだろう」


 私はソリオンという青年を甚く気に入ってしまったようだ。夫に似ているとか、そんなことも理由の一つかも知れないが、それ以上に、誠実で、親切でお人好しな、この青年を少しでも手助けしたいという老婆心が出た。


 どうにもならない、甘く見過ぎだと叱られても、私はどうにか生きて行けるという謎の自信があった。


 その後、角兎を受け取る、受け取らないのやり取りをしばらく続け、最終的に買取額の半分をソリオンに渡すということになった、街への入場料、冒険者ギルドとやらへの案内、素材の買取の際の仲介など、できれば七割以上渡したいのだが、ソリオンは中々頑固でそれ以上受け取らないと突っぱねられた。


「ところで、ソリオンはずっと歩きで馬車に着いてきてるが疲れないのか?」


 私はずっと気になっていたが聞くタイミングを逃していたことを聞いてみた。

 馬車の速度はそう早くは無かったが、徒歩に比べたら当然早いわけで、それを息も切らさずに平然としているソリオンをずっと不思議に思っていた。


「ん?この程度では疲れないさ、身体強化もしているから問題ない」


 ソリオンはハハハッと笑うが身体強化ってなんだ?身体を強化するのは分かるが、ドーピングや危険ドラッグの類?この男、実は薬漬けなのだろうか…?


「おいカエデ、なんか変なこと考えてないか?もしかして身体強化も知らないのか?」


 私がソリオンをヤク中の危ない男だとか考えていたのが顔に出ていたのだろうか、ソリオンは少し呆れたようにしている。


「知らない、危ない薬か?」


「まさか!身体強化は初歩の魔法だよ、…魔法はわかるか?」


「魔法…はわかるが、どんな魔法があるのかは知らない、モノを浮かせたり、空を飛んだり…か?」


 私がイメージしている魔法を伝えると、ソリオンは一瞬、信じられないという顔をしたが、すぐに大笑いし始めた。


「あっはっはっはっは!カエデはどんな辺境から来たんだ?魔法を使える奴はいなかったのか?モノを浮かせたり、空を飛んだりは魔法じゃない、もしそんな事が出来るとしたら、そうだな…精霊術、だろうな」


「へぇ、そうか」


「魔法に適性があれば冒険者ギルドで初心者講習をしているから覗いてみるか?、俺は攻撃魔法や回復魔法にはあまり適性がなかったが、身体強化は人一倍だから剣士として登録している。だから身体強化なら俺も教えてやれるぞ?なんて…」


「ああ、じゃあソリオンに頼むよ」


「えぇ!?」


 自分から教えてくれると言ったのに、私が頼むと言ったら驚かれた。解せん。


「何だい?教えてくれるんじゃないのか?」


「いや、俺が得意なのは身体強化だぞ?普通は攻撃魔法や回復魔法の方が憧れるだろ!?」


 そう言うもんだろうか?魔法という概念がない世界から来たから、そもそも魔法に人気不人気があることすら知らなかった。

 だが身体強化は良いじゃないか!疲れないならやりたい事がたくさんあるのだ!


「身体強化は疲れないんだろう?素晴らしいじゃないか!身体強化は疲れない以外の効果もあるのか!?」


 私が馬車の荷台から飛び出さんばかりの勢いで聞くものだから、ソリオンは危ない!と私を荷台に押し戻す。


「んんっ、そうか?そうだな…視力を上げたり、筋力を上げたり、身体を鋼のように硬くしたりも出来るぞ!」


 ソリオンは少し照れくさそうにしながらも身体強化でできることを教えてくれた。

 聞けば聞くほど素晴らしいじゃないか、例えば視力が良くなれば遠くにある山菜もすぐに見つけられるし、例えば筋力が上がれば漬物石を軽々持ち上げることができるってことだろ?

 まぁ、身体を硬くして出来ることは…ちょっと思いつかないが。


「ぜひ教えてくれ」


「…!あ、ああ!喜んで!」


「じゃあ、ソリオン先生と呼ぼう、よろしく頼むよ、ソリオン先生」


「や!やめてくれ!そんなの!」


「あははっ」


 私は馬車の荷台で初めて出会った異世界人と仲良くなれたことにホッとした。

 どうにかなるとは思っていても、やっぱり人との繋がりは大事だ、良い人に出会えればどうにかなる率だって上がる、私は昔から人に恵まれていると思う、きっとココでもそうだろうと、私は無意識に左手にある白い蛇の腕輪を撫でた。



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