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3)朝日と第一異世界人

 


「それで?」


 私は仁王立ちになって、ふわふわ浮かぶ発光体と向き合う。


「それで?とは?」


「こんな暗い森の中にずっと居たくないよ、どこか人のいる所、できれば私みたいな老人でも仕事が出来る街は近くにあるかい?むこうでやってたような仕事があれば良いけど、贅沢は言わないよ」


 発光体はクルクル回りながら考えている様だ


「うーーーーん、多分、あっち?」


 なんとも頼りない神様だこと、コレ1つで世界を回していけてるのか不安になるねぇ。


「んなーーーー!だからわざわざアンタを転生させてるんだろーがーーー!!」


 私の思ってることを読み取った発光体がキーキー叫ぶ。

 手の甲でパッパッと光の玉を払いながら、あぁ、そういえばそういう話だったなと思い出す、日本に溢れる神力という摩訶不思議なエネルギーをどうにかこうにか補給してこっちの文化レベルを上げる、私がここにいる時点でエネルギーの補給は完了しているようだが即効性は無いらしい、じわじわ浸透するのだろうか?そりゃそうか、急に文化レベルが上がるというのは、原始人に電源の入らないスマートフォンを渡すようなものだ。

 ただ闇雲に高度な技術だけを与えても使い方が分からなければ意味がない、少しずつ着実に上げていくのが良いに決まっている。


「はいはい、ごめんごめん、で?こっちに行けば良いかい?っていうか今何時くらいだい?」


「地球で言うと大体あと1、2時間くらいで朝になるよ!だから〜、3時か4時くらい?こっちの世界では朝5時ごろに、教会が鐘を鳴らすよ」


「ふむ、それで?どれくらい歩けば良いんだい?年寄りを長時間歩かせないどくれよ」


 足腰の強さには自信があるが、こんな暗く、足場の悪そうな森の中を何時間も歩かされちゃたまったもんじゃない。


「え〜?わかんないよ、まっすぐ行けば、どうにかなるって!とりあえず明るくなるまでは照らしててあげるからさ!」


「ふん、それしか役に立たないんだから、しっかり足元を照らしといてくれよ」


「はぁ〜〜〜〜!?君ってほんとに!!もーーー!!僕は神様だからね!!」


 神様の前に、誘拐犯だろう。


「ムキーーーーーッ!!」


 発光体は一際強く光った。


「お、いいね、それくらいの明るさで頼むよ」


 私たち、というか私と発光体なので私”たち”と言うのは正しいか分からないが、とにかく私たちは道なき森の中をまっすぐ進んだ。




「カミちゃん、ちょっと止まって、そこの山菜っぽいの獲りたい」


「またぁ??」


 私は男から貰った風呂敷包みを脇に抱え、足元をカミちゃんに照らしてもらいながら、山菜のような植物や野草を摘みながら歩いていた、見たことない植物ばかりだが、何となく美味しそうだったり、目に入った気になる野草を片っ端から摘んだ。

 子供の頃は夫と一緒に、近所の山によく山菜やキノコ、栗なんかを採りに行ったのを思い出す、そういえばあの山も夫の爺さんの山だったと後から知ったが、今どうなってるんだろうもう何十年と行ってなかったな。

 ちなみに採集した山菜類は、その辺に生えていた大きな葉っぱと、木に絡んでいたツルを使って作った簡易バッグに入れている、なかなか丈夫だ。

 あ、最初は素手で採集していたのだが、途中からカミちゃんがナイフを出してくれた、小振りでよく切れる良いナイフだ。


 そして、アレとかコレとか発光体じゃ可哀想だったので、発光体はカミちゃんと呼ぶことにした、神様とはちょっと呼べないポンコツだしね。


「ちょいちょい失礼なこと考えるのヤメてくれるぅ??」


「ははは、ごめんごめん、ってちょっと!!見てごらん!月が二つも出てるよ!?」


 笑って上を向いた拍子に、木々の隙間から大きな丸い月と、それよりも小さい月、二つの月が見えた。

 大きな月は青白く、小さい方は薄紅色だ。大きな月はさっき見た月だろう、小さい方はさっきは見えなかったので、雲に隠れていたのかもしれない。

 私は驚き、ポカンと口を開け、空を見上げていた。


「うん??ああ、ちきゅーでは1つだったね、こっちは全部で5つあるよ、一緒に見れるのは3つだけど」


「へぇ…5つの月か…やっぱりココは地球じゃ無いんだねぇ…」


 私は夜空を見上げながらしみじみと呟いた。

 木々の隙間から見える狭い範囲ではあるが、最初に見た時よりも少し白み始めた夜空には、たくさんの星が瞬いている、だが知っている星座はひとつも無かった。


「僕は日の出を迎えたら行くよ、たまには神殿でお祈りしてくれると嬉しいかな」


 今まであんなにうるさかったカミちゃんが急にしおらしい、今までの感じだと、毎日神社に札束をお布施しろ!とか言うと思った。


「僕を何だと思ってるのさ、コレでも一応、君には申し訳ないと思ってるんだからね」


「おやおや、そうだったかい、じゃあ落ち着いたらお祈りに行くよ」


 私が手を伸ばすと、カミちゃんは猫のようにスリッと手のひらを撫でた。

 実体はなさそうだが、ほんのり暖かさを感じる。


「よろしく。…もう森を抜けるから…そしたらすぐに街道がある、そこをまっすぐ行けばどっかにヒトが居るよ」


「右とか、左とか、どっちが近いとか無いのかい?」


 私は歩きながらカミちゃんに尋ねた。


「…?」


 何の返事も返ってこないので不思議に思って振り返ると、そこには薄暗い森があるだけだった。

 ハッとしてまた進んでいた方を見ると、木々の隙間から朝日が差し込んでいた。


「カミちゃん…?ちょっと消えるのが唐突すぎやしないかい…?急に静かになったら…」


 寂しいじゃないか。


 この心の声は聞こえているんだろうか?私は風呂敷包みとツタと葉っぱのバッグを抱え直し、森の出口を目指す。

 数分も歩くと鬱蒼としていた木々は消え、草原に出た。


 青々とした下草と気候から、今は初夏だろうか?少し先に街道のようなものが見えるので、そこまで行って…さてどっちに行こうかね。


 てくてくと歩きながらふと、長い時間歩いたわりに大して疲れていないなぁと思う。

 採集しながらゆっくりきたからだろうか?道中、結構楽しくきたからだろうか?なんだかんだ、私はこの異世界という場所にワクワクしているのかもしれない。

 長い海外旅行だと思って楽しめばいいか、と楽天的に考える。


 しかし、現実はそう甘くないと思い知るのはすぐのことだった。






「うわわわわ!こっちくるな!あっちへ行け!!!」


 私は全速力で走っていた、こんなに全速力で走るなんて学生の頃ぶりでは無いだろうか。

 いや、それよりも、なぜ全速力で入っているのかというと、ウサギに追いかけられているのだ、別に虐めたから仕返しされたとかでは無い、ただちょっと、蹴った小石が草むらに居たコイツの左目に当たっちまったのだ、追いかけられる原因を作ったのは確かに私かもしれないが…普通そこまで追ってくるか!?と言いたくなるほどにしつこく追いかけてくる。


 さらにこのウサギ、私のよく知るウサギとはちょっと違っていた、まず大きさだ、動物園のふれあいコーナーにいるようなウサギはお分かりか?あれの5倍はある、中〜大型犬くらいのサイズ感だ。


 そして1番の特徴は額の角だ。真ん中に15センチメートルほどの鋭い角が生えており、そのサイドにも数本、棘のような角が生えている、あれらに刺されでもしたら痛いでは済まない、下手をすれば死ぬ!なので、私は必死になって逃げているのだ。


「あっ!」


 ウサギとはどれくらいの距離があるのか、後ろを振り返った瞬間だった、私は足を縺れさせ転んでしまった。

 転んだ拍子に、持っていた葉っぱのバッグ内の採集物が周囲に散乱する、そこにはカミちゃんから借りているナイフもあった、私はそのナイフを咄嗟に掴むと無我夢中で振り回す。


「わあああああ!!!」


「ギィィィィッ!!!」


 何かに当たった感触と、耳を(つんざ)くような鋭い鳴き声。

 しかし、それ以上は何もなく、耳に届くのは風にそよぐ若草の擦れる音だけになった。


「……?…っうひゃぁ!!??」


 ギュウッと固く閉じていた瞼を恐る恐る開けると、目の前に大きなウサギもどきが倒れており、すでに息絶えていた。

 その左目には、カミちゃんのナイフが深々と刺さっていた。


 自分を守るためとは言え、こんな大きな生き物を殺してしまったという罪悪感が湧いてくる。


「ごめんよ、お互い生きるのに必死になるよな」


 私はウサギもどきからナイフと抜き取ると、手を合わせて冥福を祈る。


「はぁ、疲れた…」


 私はナイフについたウサギもどきの血をその辺の葉っぱで拭い取り、散乱した採集物を拾い集め、ナイフと一緒に葉っぱのバッグに放り込むと、ウサギもどきから少し離れ草むらに仰向けになって寝転んだ、街道はすぐそこだが、全速力で走ったことと、大きな生き物をこの手で殺めてしまった事で、身も心も一瞬でクタクタになってしまった。


 目を閉じ、心地よい風を感じながら、しばらく休むことにする。





「…!…い!おい!君!!大丈夫か!?」


「んあ!?」


 揺り動かされ、男の声で目が覚める。

 いつの間にか寝てしまっていたようだ、心配そうな顔をした()が私の顔を覗き込んでいた。


「そうちゃん?あれ?なんで??」


 夢…そうか、そうちゃんが死んだとか、異世界とか、神様とか…全部夢だったんだ〜って思いたかった。


「起きれるか?怪我はないか?きみはこんな場所で一体何をしている?危険だろう!」


 矢継ぎ早に言葉を紡ぐ男は、夫とは体格や髪型こそ似てはいるが、顔立ちは似ても似つかなかった。

 異国人だろうか…いやそもそもココは異世界ってやつだったな…と覚醒してきた頭でぼんやり考える。そもそも私の夫はこんなに喋らない。


「疲れて、ちょっと寝ていただけだよ」


 男が手を貸してくれたので、私はその大きな手を掴んで立ち上がり、風呂敷包みと葉っぱのバッグを抱えた。

 ざっと男を上から下まで眺めてみる、見慣れない服、というか鎧だろうか?戦国時代の日本や、中世ヨーロッパの甲冑とはまた違うが、金属の胸当てや籠手を身につけ、腰には剣のようなものを下げている。


「寝ていた?こんな場所で?一人か?どこから来た?名前は?まだ12歳くらいだろう?親は?」


「ちょっと、ちょっと!いっぺんに聞かないでくれ!」


 立ち上がった瞬間に質問攻めだ、心配からの言葉だというのは伝わってきたが、なんさま五月蝿い、それになんだ12歳って?お世辞が下手か。


「すまない、先にこちらが名乗るのが礼儀だな、オレはソリオンだ、この先の街で冒険者をしている」


「咲良楓だ、親はもうとっくに死んでるよ、日本から来た65歳だ」


 言い終わってから日本って言っても通じないんじゃ?とは思ったが、まぁ良いかと開き直る。


「サクラカエデ…この辺では聞かない名前だ、そうか…孤児か、ニホンという村も聞いたこと無いな…、しかし65とはなんだ?きみはどう見ても人間だろう?」


「人間だよ?」


 全ての会話が噛み合わない気がする。この男、顔が異国人だし、言葉の意味が違うのか?いや、言葉はちゃんと通じている、ただ何かがおかしい。


「人間にきみのような幼い65歳がいるものか、冗談や背伸びならももっとマシなものにしろ」


 ソリオンと名乗った男は残念な子供を見るような目で私を見下ろす。


「幼い?こんなしわくちゃの婆さんを揶揄っているのかい?面白くないよ」


「サクラカエデこそ大人を揶揄うな、シワ一つ無いじゃないか」


「ははは、そんなわけ無いだろ!」


 私は笑って男の腕をバシバシ叩いた。

 その叩いている手を見てギョッとする、男の手ではない、自分の皺だらけだったはずの手を見てギョッとしたのだ。


「なんだ…?手が…え…?」


 私は恐る恐る自分の顔に触れてみる、触れた頬はふっくらとしており、肌触りはしっとりスベスベしている…?


「おい、ソリオンさん、鏡を持っているか?」


 私はソリオンに向かって尋ねるが、ソリオンは少し困ったように眉を下げた。


「いや、鏡なんて高級品は持ち合わせていない…そうだな、これはどうだ?」


 ソリオンは腰に下げていた剣を鞘から抜き取り、地面に刺した。

 幅が10cm以上ありそうな大きな剣はよく磨かれており、鏡ほどでは無いにしろ、ちょっと顔を見るには十分だ。


「危ないから刃には触るなよ?」


「ありがとう」


 私はしゃがんで、剣に映る自分の顔を見る。

 多少ぼやけてはいるが、とりあえず分かったことが3つ。


 白髪がない、目がぼやけない、肌にハリがある…ということだ。


「どうだ?シワなんてないだろ?」


 ソリオンは勝ち誇ったように言う。

 どういうことだろう?と考え、そう言えば…白い男が向こうからこちらに来る時に肉体が分解されて再構築する時に多少姿が変わっているとか何とか言っていたような気がする…そのせいか?出来ることなら今すぐあの家を出して玄関の姿見の前に走りたい。


「あぁ、そうかもしれないな」


 私は頭痛のしそうなことに頭を抱えたが、今はカミちゃんも白い男も居ないので詳細がわからない。考えるのは諦めよう。


 ソリオンは地面から剣を抜くと、剣先の土をサッと払ってサヤに戻した。


「ところでサクラカエデ」


「楓で良いよ、咲良は苗字だ」


 何度もフルネームで呼ぶものだから、私は男の言葉を遮って名前で呼ぶようにいうと、男は少し驚いたような顔をした。


「失礼した、苗字…家名があるという事は、カエデ殿はお貴族さまか?」


 なぜか突然丁寧になった、それにお貴族さまって…一体何を言っているのだろう?


「貴族?そんなんじゃないよ、普通の市民さ、少し大きな土地を持ってたのは爺さんの代だけさ」


「土地を?やはりどこかの領主のご令嬢か?」


「違うってば、普通の平民、ただの一人ぼっちの女だよ」


 私は貴族だ領主だ言い続ける男に、この話はおしまいだと言うように話を終わらせる。


「む、そうか…そうだな、言いたくないこともあるだろう、すまない」


 ソリオンは勘違いをしたままな気がするが、説明しても無駄そうなので諦めた。



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