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2)白い方の神様

 


「咲良楓さま、あなたが元々住んでいた世界、地球の日本ではあなたはもう存在しません」


「存在しないってのは、死んだってことだろ?」


 死んだって直接言わないのは、この男なりの気遣いだろうか?そんな気を遣ってくれなくても良いのに。


「死、とは少し違うのです」


「え?どう言うことだい?」


「全てを説明すると、ちょっと長くなるのですが…」


 そう前置きして、男は説明を始めてくれたのだが、まぁ本当に長かった。

 私は説明の間にお茶を3回お代わりして、苺大福を更に5個食べた、うん、いくらでも食べられる最高の苺大福である。


「…と、言うことなのです」


「へぇ…?」


 まぁ掻い摘んで言うと…



 さっきの発光体は、本当にこの異世界の神様で、今居るこの異世界には日本のように八百万(やおよろず)の神様はおらず、この異世界ではあの発光体が唯一神らしい。

 そして、この白い男は日本の何かの神様ではあるが名前などは無いと言うこと。

 さっきは急な土下座でスルーしてしまったが、私の名前を知っていたのも神様ですから、と言うことらしい、まぁ別に良いけど、フルネームに”様”まで付けて呼ばれるのはなんだか慣れないので、やめて欲しい。


 私がここにいる理由は、あの女の子が本来ならココに飛ばされるはずだったのを、私が代わりに割り込んでしまったから、しかしあの女の子以外は完全拒否!と言うような事は全く無く、極論を言ってしまえばその辺に落ちている空き缶や小石でも良いようだ。

 八百万の神がいる日本は神力に溢れているにも関わらず、特に誰もその力を活用していないので、他の世界、ここ以外にも無限にあるらしい異世界からすると宝の持ち腐れ、その日本の小石1つ持ち込むだけで異世界の文化レベルを爆上げ出来るようなエネルギーを、小石と同時に流れ込ませることが出来る。

 しかし、日本から異世界に何かを持ってくるのも簡単では無いようで、数年〜数千年レベルでの準備が必要になると言うこと、そんなに歳月をかけて準備するからには小石ではなく、出来れば生物、特に人間のような知的生命体が望ましいのだそう。

 だが、それがまた難しい、失敗するとただ死んでしまうだけで、異世界には神力の欠片すら手に入らない、また長い期間をかけて準備をし直さなければいけないし、下手をすると日本の八百万の神様たちに拒絶され、一生チャンスが巡って来ずに、世界ごと滅びる可能性もある。

 失敗の主な原因は目撃されること、人に目撃される以外にも今は防犯カメラなどが至る所に設置され、誰も見てない!と実行に移したのに失敗という例が多数あるようだ、昔の人の『神隠し』とは実は本当に異世界の神様に隠されていたと言うことか、なるほど。

 まぁ、今回に関しても、本来なら私が割り込んだ時点で失敗、ただ私はトラックに轢かれて死ぬはずだった。

 そこへ、この白い男が私を死なせまいと、異世界に無理やり捩じ込み、私が心を痛めないように、と元いた世界での私と言う存在を捻じ曲げたらしい。

 それが「私が存在しない」に繋がるようなのだが、全ての記録や記憶から全てを消してしまうと言うのは神様でも難しいようで、例えばふとしたきっかけで私を思い出した人が居たとする、本来なら「急に居なくなってどうしたんだろう?」となるのが「引越し先でも元気にしてるかな?」くらいになるらしい、それがつい今し方会った友人だったとしても。ちょっと寂しい気もするが、私が死んで悲しいと言う人が居ないのは幸いである。


 そして、私がそう思うか思わないかで白い男と光の玉で何やら賭けがあったようで、それがこの白い男が現れた時に言った「私の勝ち」と言うことのよう。しかしここの詳しいところはこれ以上教えてくれないようだ。


 私は説明された内容を指折り数えながら復習する。


「それだけではちょっと、掻い摘みすぎではないでしょうか…?もっとこちらでの過ごし方とかの方が重要では…?」


 と、男に苦笑いされてしまったが、しかしまぁ必要なことは、そんなものだろう。


「私が一番気になってた事だからね、後はどうにかなるだろ?まぁよーするにさ、ここは”腕輪物語”みたいに人間と動物以外の人型の生き物がいて、”魔法使いリーサ”みたいに魔法っていうのを使えるんだろ?そして私は、この何も知らん異世界とやらで余生を過ごすしかない…てことだろ?」


 異世界って簡単に言っているが、正直よくわからない。

 何やら若い子達の間では異世界に行くのが流行っている?憧れの世界だというのは分かったが、電気や水道などのインフラが無い代わりに魔法っていう手品みたいな芸当を覚えなきゃいけないって…なんだか若い子達には逆に不便そうな世界だと思うのだが…。


「まぁ、間違ってはないですが…」


「最後にあの家に帰れなかったのが残念だけどねぇ」


 夫の実家で、大きな庭のある立派な日本家屋。

 私たち夫婦には子供が出来なかった、二人きりだと大きすぎるこの家で、老後は学童保育やこども食堂なんかをしたいねと、子供が好きな私たちはよく話していた、主に私が話すのを夫はニコニコしながら聞いているだけだったが。


「帰れますよ」


「え?だって元の世界には戻れないって言ってなかったかい?」


「家を持ってくる、ではダメでしょうか…?帰ったことにはなりませんか…?」


 なんかサラッとすごいことを言っているが、男はどんどん自信なさそうにしょんぼりしてきている。


「いや!全然ダメなんかじゃないさ!」


「じゃあ、すぐにご用意しますね!」


 パッと顔を輝かせた男は、何やら着物の袖をゴソゴソ探り始め、取り出した何かを「ハイっ」と私に差し出した。


「どうぞ!」


「いや、どうぞってアンタ…」


 男が差し出したのは手のひらに乗るくらいの、家のおもちゃだった。

 よく見ると、私たちのあの家を敷地ごとミニチュア模型にしてあるようだ、二階建ての母屋の他にも、幼い頃に夫と一緒にかくれんぼをして叱られた石蔵、縁日で掬った金魚を入れ飼っていた池、昔は借家としても使っていたが今は物置になってしまっていた離れの家、去年落雷で倒れてしまった大きな楓の木まで再現してある。


「気持ちだけ、受け取るよ」


「えぇ!?…あぁ!すみません、説明もなく渡しても分からないですよね、まず、これを地面に置いて…」


 男はミニチュア模型を地面に置くと、親指と人差し指の先をつけ丸を作る。

 何をするんだろう?とジロジロ見ていると、男は少しおかしそうに笑いながら


「楓の木は、おまけです」


 と言いながら丸めていた指を弾くように開いた。


「ええええええ!?」


 どういう手品だろう?突然、目の前に我が家のが現れた。

 男に促され、恐る恐る、生垣に囲まれた門戸をくぐる、幼い頃から毎日のように通い、結婚してから数十年ずっと住んでいる我が家。


 庭に干していたタオル、後で食べようとラップしておいたカステラ、壁にかけてあるホワイトボードの買い物リストには今朝書き足した『ミソ』の文字。

 家を出た時そのままの状態で、それらは全てそこにあった。

 ただ1つ違うとしたら、庭にある大きな楓の木だけ、あの木は去年の台風の日に落雷でダメになってしまったのだ。


「どうなってるんだい…?」


「日本の家を敷地ごとコチラに持ってきました」


「ちょっと、よく意味が…いや、考えても仕方ないことなんだろうだね。最後に家に帰れて嬉しかったよ、もう少し見て回っても良いかい?」


 私は、最後にこの家をしっかり目に焼き付けておこうと思いながら男の方を向くと、男はさも不思議そうな顔をして私を見つめている。


「なんだい…?もしかして時間がないからダメって言うんじゃないだろうね?10分、いや5分でも良いからさ!」


 男の着物に掴みかからん勢いで懇願する、最後に夫の仏壇に線香だけでもあげさせて欲しい、そう思ってのことだった。


「いえ、私はてっきり、佐倉楓さまはまたこの家に住みたいのかと思って、向こうから移動させてきたのですが…」


「この家に、また住めるのかい?」


 またこの家に住めるとは思ってもいなかった、何しろさっきの説明では、どこか良い場所があればそこに住めば良いと言われていたので、私はてっきり何処かに住む家を探さないといけないものだとばかり思っていた。



「もちろん、それに向こうに残していても、誰も中に入れないので」


「ふぅん?…っていうか、私はこんな花畑の真ん中で、ひとりぼっちで暮らすのかい?」


 私は生垣の向こうに広がる花畑を見る。どこまでも続く花畑は、終わりがあるようには見えない。


「いえ、そもそもここは現実ではない場所なので住めません、こちらへ」


 男は私の手を引いて敷地の外に出ると、今度はさっきとは逆に広げた親指と人差し指をクルッと輪にした。


「え!?消えちまったよ!?」


「ここにあります」


 私の悲痛な叫びに、男はクスッと笑いながら手を広げる、そこには最初に見た我が家のミニチュアが乗っていた。


「私がしたように、地面に置いて指を弾いてみてください」


「こうかい?」


 私はホッとして家のミニュチュアを受け取り、言われた通りにやってみる。

 すると目の前に我が家が現れた。さらに指を輪にすると、また家は小さくなり、私の手の中に戻ってきた。


「すごい!どんな仕組みか全然分からないけど、とにかくすごいよ!」


 私は興奮しながら、何度も家を出したり、収納したりと繰り返し遊んでいると、男は私の手のひらにあるミニチュアに手を翳す、すると何やらキラキラと光ったような気がした。


「これは私からの贈り物です、神力を込めてあるので悪いものは入れませんし、今まで通りに暮らせるようになってます」


「ふうん?泥棒が入らないってことかい?ありがとう。しかしさ、この花畑だから良いけど、この家…結構敷地が広いだろ?出して暮らせる場所なんてあるかいね?」


 私はお礼を言って、ふと気になったことを尋ねた。

 さっきまでいたのは木々が生い茂る森の中だったのでこの家を広げるのは到底無理そうだし、人のいる街に行ったとして、この家の敷地が全部入る土地を買うなんて、還暦を過ぎた婆さんには難しい気がする、何もないような広大な土地だって、必ず所有者がいて、勝手に使えるわけではないのだから。


「問題ありません」


「ないってことは無いだろう…」


「そのうちわかりますから、今は元の場所に戻りましょう、あとコレも差し上げます、落ち着いたら開けてください」


 男は風呂敷包みを私に手渡す、どこから取り出したんだろう?神様だからなんでもありってことだろうか。

 私は家のミニチュアをポケットにしまい、風呂敷包みを受け取る。


「うん?今じゃダメなのかい?」


「もうそろそろ、向こうの神がうるさいので…戻りましょうか」


「ああ、すっかり忘れていたねぇ」


 私がカラカラと笑うと、男もくすくすと上品に笑い、指をパチンと鳴らした。






「あーーーーーーーっ!!!!やーーーーーーっと戻ってきた!!!」


 うるさい、ハエ叩きで叩き落としてやりたくなるねぇ。


「同感です」


 私の心の声に、男が答える。

 鬱蒼とした暗い森の中、ビカビカと激しく光りながら激しく飛び回るコレは、とても喧しい。


 元の場所に戻ってきたと思ったら、すぐコレだ、さっきの花畑に戻りたくなってしまう。

 静かで、明るくて、暖かくて、とても良い場所だった。


「ちょっとお前!賭けに勝ったからってイイ気にならないでよね!?コレはもう僕の世界の一部なんだから!」


「それは分かっている、しかし私が賭けに勝ったのも事実。私はこれからも咲良楓さまをお守りする」


「大して力も残ってないくせに?僕には分かるんだから!」


 何やら男と光の玉は睨み合って喧嘩しているようだが、光の玉には顔がないので、男が光を睨んで眩しそうにしている様にしか見えない。

 私はただ、それをぼんやり眺めているしかなかった。

 あ、そういえばさっき1つ残っていた苺大福を貰ってきてたんだった、まだ喧嘩が終わりそうにないし、食べちゃえ。


「ふんっ、問題ない、良いものを見せてやろう」


「そ、それは!?ずっりーーーー!!!そんなもの持ち込みやがって!!!」


「良いのか?そんなことを言って、貴様にとってもメリットのほうが大きいだろう」


「はぁーーーー?!」


「コレはな…」


「な!?ほんとか!?なら…」


「そして…」


「なるほど…?じゃあ…」


「ああ…だから…」


「よし!!!僕はお前を歓迎する!!!」


「契約成立だ」


 光の玉が男の頭上をクルクルと飛び回っている。

 私が苺大福を頬張っている間に、何やら仲良くなれたようだ。良かった良かった。


「別に仲良くなったわけじゃないですーー!!利害の一致による契約でーーす!」


 まぁ、本当にやかましいヤツだ。神様らしく厳かにしていて欲しい。

 私が、はぁ〜っと大袈裟にため息を吐くと、男がこちらに近づいてきた。


 そしてスッと自然な動作で跪き、私の両手を取った。


「咲良楓さま、私はこの異世界では大した力が使えません、この体ももうすぐ消えるでしょう。しかし私は、あなたを必ず守ります、そばにいる事をお許しください」


「姿が消えちまうのかい?」


「このヒトガタを維持する力は残っていないので、今は形を変えるだけです…」


 そう言って男は突然霧となり姿が消えてしまった。


「え!?」


 男の居た場所にある霧の様なモヤが筋状に集まり、私の左腕にクルクルと巻き付いてきた。

 しかし、恐怖や不快感などは無く、ぬるい懐炉でじんわり温めているような感じだ。


 モヤだったものはだんだん実体化していき、それは最終的に白い蛇の腕輪となった。


『私は…しばらく眠りますが…呼んで、頂ければ…』


 男の声が頭に響く、とても眠そうな声だ。


「ああ、色々ありがとう、おやすみ」


 男の返事は無かったが、腕輪の蛇の尻尾がピコピコと動いたので、そっと腕輪を撫でておいた。




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