1)二人の神様
転生ものです、ゆっくり更新していくので、週1くらいで更新できたらと思ってます。
ハッピーエンドへ向かって!
「あれれ〜??なんか違うのが来ちゃったんだけど…まぁ、いっか〜!」
暗闇で子供の声が聞こえたと思ったら、急に寝ていたベッドから落ちるような錯覚に襲われた!
いや、なんか本当に落ちてる!?
「うわわわわわっ!!?誰か!!たっ!助けて!!!!」
誰にとも無く助けを叫ぶ。
しかし助けなど来る気配はない、瞼を固く閉じているかのように視界は真っ暗で、一筋の光すら見えず、ただ延々と、びゅうびゅうと風を切るような音が耳に響くばかり、じわじわ不安と恐怖が募っていく。
いつまで落ちるのか、何処に落ちるのかも分からないまま、もう何時間も落ちているような時間の感覚もなくなり、もう嫌だ!と体を縮こめた瞬間、ドサッと地面に落ちた。
「え…?」
ずいぶん高い場所から、延々と落下しているような気がしていたのだが、せいぜい2、30cm程度の高さから転げ落ちたような衝撃しかなかった。
ドッドッドッドッ…と心臓が大きく脈打ち、冷や汗をかいている。
「夢…?嫌な、夢を…見ていたの?」
寝返りを打ち、マットレスから転げ落ちたのを、高い所から落ちると錯覚して夢に見たのだろう。
そう思った、いや、そう思いたかった。
「なに?…土?」
冷や汗で額に張り付いた髪を掻き上げようとした時、ふわりと土のような変な匂いがした。
不審に思い、匂いがしてきた方、髪をかき上げようとしていた自分の手を見る、その手のひらにはしっとりとした土と、潰れた草の汁がこびりついていた。
薄暗い周囲を、目を細めて見渡す。
すると急に周囲が明るくなった、ハッとして光源である上を向くと、そこには青白く輝く、丸く大きな月があった。
雲が風で流れ、月明かりで周囲が明るくなったようだ。
周囲が明るくなったことで、今の状況の異常さに気づく、私は鬱蒼とした森の中で、地べたにへたり込んでいた。
大きな月が輝く夜空を見上げながら、今日は満月だっただろうか?とぼんやり思う、いや、それよりも私はいつの間に外に出たのだろう?記憶がない…。
突然の異常な状況に驚きこそしたが、不思議なほどに落ち着いている自分がいた。
還暦を超えたらどんな状況でも落ち着いて対処できるようになるのかも知れないな、など考えたりもする。
しかし一体ここは何処だろう?いつの間にこんなところに来てしまったのか、夢遊病?認知症による徘徊?そんなこと今まで一度も無かった、周囲に指摘されるような事もなかったし、急に発症してしまったのだろうか?
「早く家に帰らななきゃ…」
そう呟いた瞬間、私は暗闇で子供の声が聞こえる直前の、最後の記憶を思い出した。
「私…あれ?トラックは?…あの女の子は、無事だろうか?」
「ちゃんといきてるよー!」
不安を隠すための私の独り言に、元気な子供の声が返事をした。
返事が来るなどと微塵も思っていなかったので、驚きでビクッと体が跳ねた。
「ぎゃあ!!」
「やっほー!うまく転生できてるね〜、よかった〜」
恐る恐る声のした方を振り返ると、そこにはチカチカと光る物体がふわふわと浮かんでいた。
「え…なんだい、これ…?」
「これ、とは失礼だなー!これでも神様なんだぞ!」
「カミサマ…?なんの…?」
「なんの…?あーあーあー、はいはい、そういえば君のいた場所では何でもかんでも神が宿ってるんだったねぇ、まーそのおかげで君たちの居た場所は神力が強くて羨ましいんだけど〜、話は逸れちゃったけど、僕は何か小さいものの神じゃないよ!この世界そのものの偉大なる神様さ!」
「???」
手のひらサイズの光源はチカチカと瞬きながら訳のわからないことを言っている。
チカチカ眩しくて鬱陶しい、神様と言っているが威厳など一切感じない、ただの切れかけの電球のようだ。
「はぁ??ちょっとちょっと!すごく失礼なこと考えるのやめてよ〜!確かに今は力が弱まってるけど、本当に神なんだからね!」
私の考えていることが伝わってしまったようで、切れかけの電球はキレたようにビカビカッと強く発光した、切れかけだけに。
「もーーー!!」
静かな森の中、キーキーうるさい発光体である。
「わかった、わかりました、カミサマ、それで女の子は無事ってところ詳しく教えて」
「なんか、納得いかなんだけど〜!まぁ…いいや、あなたが助けちゃった女の子だけど、結果から言うと生きてるよ、傷1つなく元気〜」
「よかった…」
私が心の底からホッとしていると、発光体がまたビカビカと激しく光りながら怒り出した。
「良くないよ!あなたが割り込んできたせいで、僕の計画がパァになるところだよ!だから責任とってよね!」
「無事なら良いじゃないか…今からの人生が楽しい10代の女の子が死んじまうのを目の前で見るのなんてゴメンだよ」
「その代わりに自分が死んだのに?」
今までの子供のように高く明るい声が、急に氷のように冷たい声に変わった。
「あ…」
急にトラックに撥ねられる瞬間がフラッシュバックする、横断歩道を歩いていた女の子を咄嗟に突き飛ばした瞬間、トラックはもう私の目前に迫っていて…ブルっと体が震える。
あの時は咄嗟に体が動いたのだとしても、自分が死ぬとは多分思っていなかった。
しかし私は自分の死は特に悲観していない、それ以上にあの女の子が心配だった、私のせいでトラウマになっていたらどうしよう、と。
「私が轢かれる瞬間を見たあの子は、精神を病んでしまわないだろうか?」
「はぁ〜!?マジかよ〜!」
急に発光体が刺々しく光った。
『だから言ったではないか、私の勝ちだ』
急に別の人物の声が脳内に響く。
「え??なに??」
「うるさいうるさいうるさーーーーい!」
「貴様の方がうるさい」
「んなっ!…!…!……!?」
今度は直接声が耳に聞こえ、目の前にスラリと背の高い白い男性が現れた。
白い男ってなんだ?と思うだろうが、白い和服に、白い髪、白い肌、全身青白いが、不思議と不健康そうな感じはない。
手にはあのうるさい発光物を握っている、握られた発光物は喋れないようで、抗議するようにチカチカと発光するばかりだ。
「え!?一体何処から!?」
「咲良楓さま、急なことに大変驚かせてしまい申し訳ありませんでした、私からご説明させてください」
その急に現れた若い男性は地面に膝をつき、額まで地面に着きそうなほど深々と頭を下げた、いわゆる土下座だ。
「ちょ!やだ!やめて!!頭あげて!!綺麗な服も汚れるでしょ!泥汚れは落ちにくいのよ!!」
私は人生で初めての土下座をされると言う状況に慌てふためき、今一番気にしなくて良さそうなことを叫んでしまう。
「ですが…」
「いいから!もう良いから頭上げて!」
「はい、咲良楓さま。……ここではあんまりですので、場所を変えましょう」
「え?はい?」
顔を上げた男は、地べたに膝をついたそのままの姿勢でパチンと指を鳴らした。
途端にブワッと風が吹いた、ような気がして咄嗟に目を閉じたのだが、目を開けた瞬間、私は素っ頓狂な声をあげていた。
「んえぇぇ?!なんっ?え?ええ?」
私は混乱で言葉がうまく出ない、真っ暗な森の中だったはずなのに、急に明るい花畑の真ん中にいたのだ。
「こちらへ」
男が私の手を引く。
見渡す限りの花畑の真ん中に、いつの間にかテーブルと椅子があらわれた。
イギリスかぶれの友人宅のお庭にあったような、白いガーデンテーブルのセット、テーブルの上には紅茶のセット…ではなく日本茶用の急須と湯気の立った湯呑み、そして私の大好物の白餡の苺大福がある。
「どうぞ、おかけください」
男が椅子を引いてくれたので、私はポカンとしながらも大人しく従う。
あれ?なんか夢の続きでも見てるんだろうか?
「夢ではありません、ですがこの空間は現実でもありません」
「はぁ…?」
「申し訳ありません、混乱されてますよね」
「まぁ、そう、だねぇ」
男の顔をよく見ると、最近の若い女の子たちが好みそうな、線が細く整った…誰だったか、最近やってたドラマの…ダメだ、全然名前が出てこないサンに似ているなぁ、とぼんやり考えた。
「ふふ、確か川崎銀河さんでしたか?」
「そう!それ!…ってあれ?私声に出てたかい?」
「いいえ、私たちのような存在は本来、思念で意思疎通するので思うだけで伝わるのです」
「あーへぇー?そういえば、さっきのうるさい発光体も私の考えてたことが分かってたような気がするねぇ?って、なんだい、そんな顔して?」
私が感心していると、男は驚いたような顔をする。
「すみません、人間は勝手に思考を覗くなと怒り出すものが多かったので、なんだか驚いてしまって」
ヘニョっと眉を下げた男は近所の子犬がおやつがもらえないと分かった時のようだった。
「60年以上生きてんだ、大したことじゃ怒ったりしないよ、それに考えてることが分かるなんで羨ましいよ!日本人は思ってることを言わない奴が多いからね!」
私は20年前に死んでしまった夫を思い出していた、消防士だった夫とは、家が隣同士の幼馴染で、幼い頃からずっと一緒に育ち、それが自然の流れのように結婚した。
体が大きく、力持ちで、寡黙で口下手の、心の優しい良い男だった。
夫が非番の日に一緒に出かけたショッピングセンターで起こった通り魔事件、夫は犯人から子供を助け、代わりに死んだ。結婚記念日だったその日は、夫の命日になった。
「とても良い方だったんですね」
「ああ、私みたいなガサツな女には勿体無い、それはそれは良い男だったよ!」
私はしんみりしてしまった心を隠すように豪快に笑った。
「あなたの様に明るく美しい女性と一緒になれたのです、夫さんも幸せだったと思いますよ」
「まー!やだよお世辞なんて!でも、ふふっ、そうだったなら、嬉しいねぇ」
「私はこれでも神の一柱ですよ。その私が言うのですから、きっとそうです、さぁお茶が冷めてしまいます、あなたの好きな苺大福もご用意しましたので、召し上がってください」
「ありがとう、いただくよ」
湯気の立つお茶は、今淹れたばかりの様に熱く、ズズっと啜ると新茶の甘い香りが鼻に抜けた。
ほぅと一息ついて、苺大福に手を伸ばす、手のひらにコロンと乗るくらいのちょうど良いサイズだが、ずっしりと重い。
私はガブリと一気に半分をかじった。
薄い求肥としっとりとした白餡、ジュワッと口いっぱいに広がる苺の果汁、私は思わず目を見開いた。
「……っ!これ…!」
「はい、あなたが一番好きな”すわや”の物をご用意しました」
自称神であるこの男は、さも何でもない事のようにサラッというが、その”すわや”は数年前に閉店したのだ。
店主の息子と夫は同級生で、夫ともよく和菓子を買いに行った思い出深い店だが、来週くらいから苺大福が始まるかなぁ〜と楽しみにしていた時に、店主の急逝による突然の閉店。
最後の年は苺大福は食べること叶わず、季節ごとの繊細な和菓子と、その繊細な和菓子をあの豪快な爺さんが作るのを見れないのはとても寂しく思っていた。
「また食べられるなんて…ありがとよ」
「いえ、お安いご用です」
もう何で用意出来たのかなんてどうでも良かった、そう言うもんなのだと、私は理解することにする。
「召し上がりながらで良いので、話を聞いていただけますか?」
「ああ、良いよ。もう何も驚きはしないさ」
私は肩をすくめて戯けて見せる。
「ふふっ、あなたは最初から大して驚いてないように見えますが?」
「そんなことないよ、死ぬほどびっくりしてるさ、実際死んだみたいだしね?」
私のブラックジョークに、男は少し困ったように笑った、すまない、ちょっと冗談が過ぎちまったね…と心の中で謝る、あ、思ってることは筒抜けなんだっけ?まぁいいか。