第5話 お祭り
星の髪飾りはスス~っと飛んで行って、ショートカットで白いカチューシャをしている女の人の周りをくるくるッと回って、また私のもとへ帰ってきた。
さっき、金魚すくいのときに隣にいた女の子だ。たくさん取りすぎた金魚を子供たちに配っているようだった。子供たちがお礼を言って、帰った後、私は女の子に話しかけた。
「どうも~」
「???」
しまった! 面識がないんだった。金魚すくいをしているときに横目で見ていただけで、別に会話をしたわけでもないし。
「あっ、さきほど、金魚すくいをしていたときに横にいたものです。ポイの使い方を(勝手に)参考にさせてもらったおかげで、金魚がすくえました」
いやいや。この言い方はまずいだろう。不信感をますます持たれてしまう。やってしまった……
「そうでしたか。いえいえ、全然上手くないですよ。お恥ずかしい」
うん? ちゃんとした返答がもらえた? なんでだろう。ひょっとして星の髪飾りには多少会話が不自然でも、取り繕ってくれる不思議な力でもあるのだろうか。
「ちょっとお顔の色が悪く見えたので、話しかけた次第です」
「いや。ちょっとね。男友達と一緒に来ていたんだけど、ちょっと喧嘩しちゃってね。っで、無心で金魚すくっていたりしてました」
無心でそこまで金魚が取れるなんてすごい。って、そこは重要じゃない。喧嘩の原因を聞いてみよう。
「プレゼントしたお守りを、その男友達が無くしちゃってね。まあ、別に大したことない物なんだけど、その場の勢いで怒っちゃったね」
彼女はちょっと後悔しているような顔でそう話した。
その時、また私の髪の髪飾りがふわっと浮いて飛んで行った。
「ちょっと待っていてね」と私は星の髪飾りの行方を追いかけながら、言った。
星の髪飾りはここからそれほど離れていないところで止まり、近くにいた男の子の周りを回って、私のところへ帰ってきた。
短髪で私服で、細身だがガタイはしっかりしてそうな男の子だった。歳も私と同じぐらいかな。下を見ながら歩いている。きっと、お守りを探している。おそらく、この男の子、白いカチューシャをしている女の人の男友達だろう。
「なにか探しですか?私にはそう見えるのですが?」
「貰ったお守りを落としちゃってね」
やっぱり、この男の子だ。
(彼女はもうお守りのことは気にしてないよ。怒ったことを後悔しているみたい)
なんて言いそうになったが、やっぱりお守りが見つかったほうが良いので、それは黙っていた。
「私も一緒に探すよ」
そういうわけで、渡井も一緒に探し始めた。だれだ『渡井』って、『私』だよ。
目線を下にしながら、うろうろと歩くが見つからない。まあ、そう簡単には見つからないよね。小さいし。
なんて思っていたら、白い猫がこちらをうかがっている。私も猫の顔をじっと見たら、すっと反対を向いて去っていった。
態度悪い猫だなぁなんて思いながら、しっぽに目を向けると、何か付いている。
もしや、お守りじゃ。
そう思って、私は追いかけて行った。
しかし、猫は速いね。普通に追いかけたら、追いつけない。そんなことを思っているうちに猫は視界から消えていった。
とりあえず、猫を探さないと。きょろきょろと見渡すと、屋台が目に入った。というか、どうしても屋台が目に入ってしまう。屋台……いい言葉の響きだね。
タコ焼き、焼きそば、りんご飴、焼きトウモロコシ、お好み焼き……って美味しい食べ物ばかりだ。かき氷なんかも目に入ったが、まだこの季節は寒いんじゃ……なんて思ってしまった。しかし、浴衣を着ている人も多いし、大丈夫なのかな。まあ自分が食べなければ、どうでもいいかな。
「にゃ~」
猫の鳴き声がした。下を見ると、そこに猫はいた。さっきの猫だ。いつのまに足元に。
しっぽに付いているものを取ってみると、ただの小銭入れだった。雑誌の付録に付いているような特別なやつで、ショートカットの女の子のイラストと『MAI』という文字のロゴが印刷されていた。
「関係なかったか。また探さないと」と落胆していたら、猫が時々こちら伺いながら、前へ前へと進んでいった。
ついてこい、って言っているのかな。
と言うわけで、私は猫の後をスタスタと付いていった。
猫は茂みのほうへ入っていった。
私もその後を追ったのだけど、猫はいなかった。
「どうしたの?」
声の方向へ振り向くと、そこには浴衣姿の宇月がいた。月の髪飾りは6つのままだった。
「猫を探していて、ここまで来たのだけど、いなくなっちゃった」
そう私が返答すると、宇月は空を見た。
「今日は良い天気ね。星空がよく見える」
私も空を見上げた。無数の光の粒が広がっている。中には瞬きしている星もある。確かに綺麗な星空だ。しかし、こんなことをしている場合じゃない。そう思っていると、周りに生えている木の枝に小さな影が見えた。
一瞬、星明りと重なって黒く見えたが、よく見たら探していた白い猫だった。
「にゃ~」
猫は鳴きながら、木から降り、別の茂みに入っていった。
偶然とはいえ、猫が見つかった。お礼を言おうと振り向くと、すでに宇月はいなかった。
私は今度は猫を逃がすまいと、その茂みへ追っていった。
茂みの中に猫はいた。で~んと横たわっている。周りを見ると、小さな小物がたくさんあった。おそらく猫が集めていったものだろう。
ひょっとして、この中にお守りがあるんじゃ……って思って、探してみると、あっけなく見つかった。幸いあまり汚れていないようだ。
猫のことは、とりあえず置いといて、私はさっきの男の子のもとへ向かった。さっきも言ったけど、私と同じぐらいの年齢の人だ。
下を見ながらうろうろしていて目立っていたので、男の子はすぐに見つかった。
直接返してもいいんだけど、それだとあまり面白くないわね。
私はそうっと近づき、男の子のズボンの後ろポケットにあるボタンにお守りをひっかけた。
「ごめん。探してみたけど、お守り、見つからなかった」
私がそう言うと、すまなそうな顔をしてこう言った。
「いやいや。どうもすみません。あんな小さなもの、簡単には見つからないですよね」
私は後ろズボンのポケットのほうへ向けて指を指した。
「そこに何かひっかかってません?」
「なにかあるね。あっこれお守りだ。なんで気づかなかったんだろう」
「見つかったみたいですね。じゃあ、私はこれで」
そう言って、スタスタと私はその場を離れた。
振り返って後ろを見ると、男の子は深々と頭を下げていた。おそらく私がやったことを理解したのであろう。
まあ、バレバレだしね。
と言うわけで、私は西園と藤林のもとへ帰っていった。
「おっそ~い」
「何してたの?」
私はそれっぽい言い訳をして、再びみんなで行動した。
少しして、私の星の髪飾りがふわっと浮いて、飛んで行った。その先を見てみると、白いカチューシャの女の子と、その友達の男の子がいた。例のごとく髪飾りがくるくるッと回って、天のほうへ向かっていった。
「これで残り、5つか」
そう呟くと、「今なんか言った?」と二人が話しかけてきた。
「いやいや、なんでもないよ。独り言」
しかし、宇月は何で猫の居場所を教えてくれたのだろう。偶然と思ったけど、よく考えたら、そうでもなさそうよね。
考えてもしょうがないので、その後も二人とお祭りを楽しんだ。