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這いよれ修道女さん


 一瞬の浮遊感、平衡感覚がなくなる。


 だがそれもほんの一瞬のことで、重力が元に戻ると同時に視界に映ったのは硬い地面。

 私は咄嗟(とっさ)に手を伸ばして顔面から激突する前にバク転の要領で一回転する。

 着地し、視聴者にショッキングな画像をお届けせずに済んだ。


「あ、危な……。死ぬかと思ったよ」


『なんだ今の動き……』

『体操でもやってたの?』

『俺だったら確実に全身複雑骨折であの世行きだわ』

『黒』


 黒ってコメントした奴配信が終わったら絶対ブロックする。


「それはそれとして……」


 ついさっきまで私はマヌルネコが生息する桃源郷、もとい古本屋に居たはずだ。だが周囲を見渡してみるとそこには明らかに“廃墟"としか言いようがない光景が広がっていた。

 おそらく元は聖堂だったのだろう。

 地面には割れたステンドガラスや瓦礫が散乱し、礼拝堂らしき場所は見る影もなく朽ち果てていた。何らかの神を象った像は首元から上がなく長机や椅子もぼろぼろに壊されて使えそうにない。

 照明はなく、夜のような薄暗さが廃墟を包んでいた。


「此処が【道化の窟】だ。かつて幾多の修道女が集い、果てに救えぬ道化となった忌むべき場所……そこに貴様らの欲する探求はある。精々不覚を取らぬようにな」


 暗闇の中まん丸な瞳を輝かせながらマヌルネコは厳かにそう告げた。

 

 いやいや、どうしてマヌルネコ、というか私がこんな廃墟にいるんだ? 

 それに私一言も【道化の窟】に行くなんて言ってないはず……。


「ニシキさんは()()()探求者の協力者の一人や。この子はニシキさんの分体で、分体は飲み込んだ存在を他の分体から吐き出すことができる。実質的な瞬間移動や。ちなみに距離の制限はないそうやで」


「厳密には違うが、概ねその認識で問題ないだろう」


「細かいなぁ~。てかいい加減そろそろニシキさんの本体と会いたいんやけど」


「気が向けばな」


「それ何回目?」


「さあな」


 やけに親し気に話してるなこの二人。

 まぁそれはいいとして、ラク先輩の説明でどうしてマーシャちゃんが私にあの古本屋を紹介したのかハッキリした。


 私はさっきマヌルネコに飲み込まれて、事前に【道化の窟】に待機していた分体に転送されたのだろう。確かにこれならわざわざ魔物を使わなくても一瞬で目的地に着けるのでマーシャちゃんが勧めたのもわかるけど、吐き出される時の適当さはどうにかならなかったのだろうか。

 危うくグロテスクな映像が流れて配信がBANされるところだったしね。


 てか待てよ。このマヌルネコが分体ってことは、他にもたくさんのマヌルネコがいる可能性が高いよね。

 つまり――一匹くらい持ち出しても怒られないのでは?

 私は自分の発想の恐ろしさに思わず打ち震える。

 実際のマヌルネコは絶滅危惧種で動物園でしか見ることができないけど、このゲームならお持ち帰りし放題……うへへ、へへ。


「マヌルネコ天国……マヌルネコパラダイス……」


「うわぁアズサちゃん今すごい顔やで。具体的には電車で痴漢しとるキモ中年並みに気持ち悪い」


 いや流石にそこまでじゃ……ないよね?


 ちょっと自分でも自信がなくなってきた。


「要件はこれで終わりか?」


「うん、せやせや。毎度ながら転移されてもらったありがとな。今度ええ魚持ってきたるわ」


「ふん」


 マヌルネコは鼻を鳴らし、どこかに消えてしまった。

 至高のもふもふが手元から離れてしまったことに凄まじい喪失感を感じる、


「久しぶりやなぁここも」


 そう呟いてラク先輩はタブレットを操作、謎空間から傘を取り出す。


「雨でも降ります?」


「ちゃうちゃう」


 首を横に振りラク先輩は傘の先端を指差す。

 よく見ると通常の傘と違って槍のように先端が尖っていて、若干の魔力を感じる。


「魔道具って言えば分かりやすいかな。こんな見た目でも上位ランカー勢御用達のめちゃ強い武器なんやで」


「へぇ……」


 半信半疑でラク先輩の言葉を聞く。


「……そういえばずっと思ってたんだけど、ラク先輩って妙にこのゲームに詳しいですね。マヌルネコちゃんとも知り合いだったし。もしかして結構レベル高かったりします?」


「だいたい237やね」


 ちょっと思考が止まる。


「え? マジで言ってます?」


「マジやマジ。知らなかったん? ウチ結構昔からこのゲームやっとるんよ?」


 コメントを見てみても特にラク先輩の発言に指摘する人はいない。

 なるほど、どうして色々詳しかったわけだと納得しながらも、同時に私はあることを危惧していた。


――そんなにレベルの高い人と一緒にプレイしたら。ヌルゲーになってしまうんじゃないか?


 配信はエンタメだ。


 最初からどうなるか安易に予想が付くようなら、それは面白いと言えるのだろうか。


「そんな難しい顔せんでええよ。それはウチの()()の話や。今のウチはサブ垢、ほとんどアズサちゃんと同じタイミングで始めたから強さも一緒や」


「……だったら最初から言ってくださいよ」


「いやぁ、アズサちゃんの困ってる顔が見たくて、つい」


 ついじゃないんだよ頭かち割るぞ。


「でも、どうしてそんなややこしいことを?」


「そりゃアズサちゃんと一緒に冒険したいからに決まっとるやろ。それに実は最近結構でっかいアプデが入ってな。それでそこそこ新しいボスが追加されたのに、あんな高いレベルじゃ楽しめるもんも楽しめんやろ?」


 前半の内容はスルーするとして、確かにゲームというものはやり込み過ぎると段々と退屈なものになっていく。世界観を知ってて1から始めるのもまた違った面白さがあるだろうしラク先輩にしては意外と納得のいく理由だ。


「さて、お喋りもここまでや。――お客人の到来やで」

 

 ラク先輩はちらりと私の背後に視線を向ける。 


 そこにいたのは黒い修道女だった。


 黒い仮面を被り、露出の少ない衣装からはみ出る皮膚すらも真っ黒だ。

 廃墟全体が暗いせいで真っ直ぐ見ていても見失いそうになる黒い修道女は私たちを認識するや否や、この世のものとは思えない金切り声を上げて襲いかかってきた。

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