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9話 アルバムの中の自分

 緑茶は残念な結果で終わってしまったが、味覚が多少変化しただけのこと、引きずる必要は何もない。俺にはまだまだやらなければならないことが山ほどある。

 さて、俺がやらなきゃならないことは大まかに分けて3つ、事故の真相と空白の4年間に何があったかを知ること。そして、3つ目がもっとも重要事項だ。恵美の旦那・智貴の裏の顔を暴くこと。


(あいつはどう考えても怪しい……絶対に化けの皮を剥いでやる!!)


 俺は再度決意し、意気込みを表すように握り拳を掲げた。

 辺りを一通り見渡す。キッチンの食器棚にはまだ俺が愛用していた茶碗や湯飲みが並んでいた。そして、ビールを飲むときに使っていた愛着ある手作りのビールグラス。昔、恵美が小学校の修学旅行でガラス工房で作ったものだった。淡い青と緑のグラデーションがとても気に入って、毎晩の晩酌には必ず使っていた。


(俺にとっては昨日の出来事なのに……直子たちにはもう4年も昔のことなのか)


 そう考えると、少し寂しく感じる。

 だが、悲しみに浸っている暇など俺にはなかった。また、あの家へ帰らなくてはならない。限られた時間でできるだけの情報を得なければならないのだ。


(俺が使っていた携帯はもう処分されてしまったんだろうか?)


 椅子から下りて、もう一度仏間を除く。だが、仏間にはこれといったものは置いてない。押し入れをそっと開くが、来客用の布団や座布団がぎっしりと詰まっているだけだった。


(他に探すとしたら寝室しかないか)


「颯太くん? 何してるの?」


 直子が気が付いたのか、仏間でうろうろしている俺を覗き込んでいた。どうしようかと迷ったが、俺は渋々子供っぽい仕草と口調で訪ねてみる。


「じいじの写真がもっと見たい!!」


 アルバムは全て寝室に置いてある。だとしすれば、俺の私物も同じ場所にしまっているはずだ。


「あらあら、じいじが見たいの?」


「昨日から颯太おかしいの。ずっと珍しいことばかり言うんだから……昨日も自分からばあばに会いたいって言い出して」


 と、恵美が一度首を傾げる。


「あれ? 昨日おばあちゃんって呼んでた……いっつもは“ばあば”だったのに」


 ギクリとした。このままでは変に疑われてしまう。俺は精一杯の演技力を発揮した。


「ママー!! そんなことよりじいじの写真が見たいよ! ばあば、見せてよー!!」


 これでもかとばかりの甘え声。自分で発した声ではあったが、体が拒絶反応を起こしかける。油断したら嗚咽が込み上げそうだ。


(気色悪いが仕方あるまい。こうでもしなきゃ動くに動けない……今は我慢だ!!)


 ここで颯太の中身がお前の夫、父親だと暴露できた方が楽になるのかもしれない。ただ、この現象はあまりにも信じがたいものだ。オカルトと捉えるか、それとも頭の異常と捉えるか、それは直子と恵美の判断次第になる。どちらに転んだにしろ、俺にとってはかなり不味い状況に陥るのは考えるまでもなかった。オカルトならお寺に連れていかれてお払い、頭だと疑われれば病院送りにされるだろう。そんなことになったら貴重な時間を失ってしまうかもしれないのだ。

 まだ定かではないが、この身体でいられるのはそう長くない期間の間だろう。あのネットの情報が正しければ、7才を迎える頃には俺の魂は颯太から離れていき、そのままあの世に召されてしまう可能性がある。


(ん? 本当に離れてあの世に行けるのか? 颯太の身体から放り出されて、そのままあの世にも行けなかったら俺はどうなるんだろう?)


 若干の不安が寒気を生む。


「そんなに颯太くんがじいじに興味があるなんて知らなかったわ。まあ、たまにはアルバムでも見てお父さんの思い出話でもしましょうか」


 颯太のお願いを直子はすんなりと受け入れた。背筋を走った寒気は一瞬にして消える。


(でかした、直子!! さすが俺の妻だ!)


「お母さんがいいって言うなら、わたしは構わないけど」


 恵美はどこか不振そうな顔付きで颯太を見つめる。


「仏壇に飾ってあるじいじは仏頂面だからね。他の顔したじいじが見たくなったんだよね」


 颯太の心を代弁する直子。


(仏頂面って分かってたなら、他の写真でもよくないか?)


 こんな指摘をしたくなるが、これも自分のため。我慢我慢と、ぐっと感情を抑え込む。


「それもそうだね。こんなおっかない顔ばかり見てたら、颯太も嫌だよね」


 直子の言った仏頂面がおかしかったのか、恵美の表情がいつもの笑顔に戻った。


「でもさ、アルバムに写ってるお父さんってそんなになかったはずだよね」


「そうね。いつもお父さんは撮ってる側だったから」


 そんな会話をしながら居間を出て、さらに廊下の奥にある夫婦の寝室へと向かう。

 ドアを開け、部屋へと入っていく直子と恵美の後ろを俺は付いていった。そして、かつて自分の寝室だった部屋を見てまたもや唖然とする。

 和室なのは変わっていないものの、畳には花柄の絨毯が敷かれ、直子専用のベッドが置かれていた。もちろん掛け布団も枕も花柄。


(なんだこの悪趣味な柄は!!!!)


 あまりのカラフルな光景に目がチカチカする。


「お母さん、花柄好きだよね」


 恵美はもう見慣れているようで、ニコニコしながら言った。


「好きだったけど、お父さんの趣味じゃなかったからね」


 その一言は、俺の胸に痛みを与えた。


(お前……俺のために我慢してたのか? 本当はこんなに花柄が好きだったのか?)


「颯太くん、おいで」


 直子がおいでおいでと手招きする。俺は少し躊躇しながらも直子の方へと向かって歩き出した。


「これがじいじの写真だよ」


「わぁー! 懐かしいねぇ〜」


 見せられたアルバム。若かりし頃の直子と笑顔の幼い恵美、どれも懐かしき思い出の1ページ。

 だが、俺は多くの写真の中の数枚程度しか写っておらず、どの顔も仏頂面だった。


(なんで、俺は笑顔のひとつもできなかったんだろう?)


 ひどい落胆が俺を襲った。

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