78話 対面
その日は恵美が気に入ったウェディングドレスを数着選び、次回の打ち合わせで試着して決めることとなった。
今回の話で決まった大まかな事を直子に共有しておきたいと言い出した恵美に原田も同行する。
「あらまー! 素敵な結婚式場ね。教会の結婚式なんてロマンチックだわ」
うっとりした表情で恵美が撮ってきた結婚式会場の写真を見つめる直子に、俺は若干罪悪感を抱いてしまった。俺と直子は昔ながらの和装での結婚式。ウェディングドレスが当たり前になりつつあった時代ではあったが、ウェディングドレスを着た直子とタキシードを着た俺がどうにも想像できず、勝手に除外してしまった。
もしかしたら、直子はウェディングドレスに憧れていたのかもしれない。
(また過去をやり直せるなら……俺も直子にウェディングドレスを着せたかった)
今なら想像できる。若かった頃の直子が純白のドレスに身を包んだ姿。
「お母さんもドレス着たかった?」
恵美の言葉に直子は目を見開く。
俺は直子がどう返事を返すのか内心ヒヤヒヤしながら聞き耳を立てた。
「確かにドレスもちょっとは着たかったかな。でもね、純白の着物を着たわたしを見たお父さんがいつになく早口になったのを見て……着物で良かったって思った。お父さんって綺麗とか可愛いとか言わないけど、照れると早口になるのよ。それ見たら、ああー、わたしのこと綺麗って思ってくれてるんだなって分かったから……あの結婚式に後悔はないわ」
予想打にしなかった直子の言葉に、鼻がツンッとし、目尻が熱くなる。
愛情表現なんてしてこなかった俺をちゃんと見て察してくれていた直子は本当に良い女性で、この世を去った今でも最愛の妻だと切実に感じた。
「それよりも恵美……あなた、バージンロードは誰と歩くの?」
「それなんだけど」
急に恵美が俺の体を引き寄せ、にっこりと微笑む。
「颯太と一緒に歩こうかなって考えてるんだ! 颯太は家族なんだから、結婚式には欠かせない主役だもん。って、これは歩さんの提案なんだ」
「あら、それは良いじゃない! こんな可愛らしい騎士にエスコートされるなんて、恵美は幸せな花嫁ね」
(なんだとっ!?)
まさかの展開に俺は動揺し、原田を見た。
「颯太くんがバージンロードを歩いた方が部長も喜ぶと思って」
「そうね。お父さんもきっとそれを望んでいると思うわ……本当なら自分が一緒に歩きたかっただろうけど、颯太くんなら大賛成してくれるはずよ」
直子の返答を聞いた原田は俺に向かってウインクする。
「お兄ちゃん……一緒にお外で遊ぼう」
「え? 何言い出すのよ、颯太……お兄ちゃんも疲れてるから、今は休ませてあげて?」
「いいですよ。俺は大丈夫です……颯太くんと少し外を散歩してきますよ。恵美さんはお義母さんとゆっくり結婚式の話をしていてください」
原田は俺に手を差し伸べた。
「颯太くん、行こうか」
「うん」
玄関から出ると、俺は我慢していた言葉を原田にぶつけた。
「何を勝手なことを決めてるんだ! バージンロードを歩く相手は花嫁をエスコートし、新郎のお前に引き渡すという大事な役割があるんだぞ。それを中身がいくら俺でも颯太にやらせるのは……お前の父親とか任せられる人は居るだろう!?」
だが、原田はそんなのはお構いなしという顔をする。
「恵美さんにとって隣を歩くべきはうちの父ではなく、本当の父親である部長じゃないんですか? 前の旦那さんとの結婚式はバージンロードを歩く予定だったんでしょ? 部長だって、本当は一緒に歩きたかったんじゃないですか? だったら、俺と恵美さんの結婚式でそれを叶えてくださいよ!」
「いや、しかしだな……俺は子供の身体だし、エスコートなんてできやしないだろ」
すると、原田が俺の手を握り締めた。
「今は子供と一緒にバージンロードを歩く人も多いんですよ。こうやって恵美さんと手を握って……歩いてあげてください。これは俺の望みでもあるんです……部長の手で俺に恵美さんを託して欲しいんです」
そう言われてしまうと、断るなんてことできやしない。
そもそも俺自身、恵美とバージンロードを歩きたいと思っていた。娘とバージンロードを歩くことは父親の特権で、誇りなのだ。ただ、子供の体では俺の望んだエスコートが出来ない。それだけが心に引っ掛かっていた。
「本当に俺でいいんだろうか?」
「いいんですよ。恵美さんも颯太くんと歩くことを提案したらすごく喜んでました……部長だと分かっていなくても、一緒に歩くことを望んだのは恵美さん自身なんです。だから、歩いてください」
「……分かった」
俺は照れ臭さを感じながら、小さく頷いた。
「そうと決まれば、今度歩く練習しなくちゃですね……どうせなら今から練習相手になりますよ?」
冗談ぽく言う原田を放って、俺は家の前の道路へと出る。
「それはいずれ頼むよ……それよりいつまでも玄関前で話し込んでいたら、恵美たちに怪しまれるぞ!」
「それもそうですね」
原田も道路へと出てきて、ひとまず公園を目指そうと歩き出し瞬間、遠慮気味な声が掛けられた。
「あのっ」
目の前に、二十代前半の若い女性が俺と歳の変わらない子供と、生まれて間もない赤ん坊を抱っこして立ち竦んでいる。長い髪を大雑把に結び、うっすらと分かる程度の化粧をした、今時珍しい素朴な女性だった。
俺よりも先に原田が一歩相手に近寄る。
「どうかなさったんですか?」
「この家の人ですか?」
こちらの家とは、目線で俺の家だとすぐに分かった。
「ああ……まあ、そうなりますね」
何かを察した原田が機転を利かせ、彼女の質問に肯定する。
結婚すれば原田は俺の義理の息子のようなもの。嘘は言っていない。
「なら良かった。突然来てごめんなさい……あなたのお父さん、斎藤 浩之さんに会いに来ました」
俺と原田は同時に視線を合わせた。まさかと言う予感が身体中に震えを起こす。
「あの……あなたは?」
原田の問いに彼女は真っ直ぐこちらを見据えたまま答えた。
「わたしは……柴倉っていいます」




