73話 最後のクリスマス
沈黙が流れる。恵美の返事がいつ発せられるかと、俺は目を瞑りながらその時を待った。
「ありがとう……わたしで良かったら、よろしくお願いします」
ようやく聞こえた声に俺はつい目を見開き、手を上げた。
「やったーーー!!!!」
「颯太っ!?」
「やっぱり起きてたのか」
驚く恵美とは裏腹に、原田は苦笑する。俺がわざと寝たふりをしていたのに気が付いていたようだ。
「もう颯太ったら……もしかして歩さんとグルだったの?」
恵美がおかしそうに笑っていると、原田は箱から婚約指輪を取り出す。
「俺が付けてもいいですか?」
「うん」
恵美はそっと手を差し出し、原田がそのタイミングで指輪を左手薬指に近付けた。
「綺麗な指輪」
「大した事ないですよ……ダイヤだって小さいし、デザインだってシンプルだから豪華なものとは程遠くて」
原田の買った指輪は細身のシルバーにひとつダイヤが光る本当にシンプルなものだ。俺にしてみたらそれで十分だと思えるのだが、世間的にはもっと豪華なのだろう。原田は申し訳なさそうにしていた。
「そんな事ないよ。すごく綺麗……ありがとう。歩さん、本当にありがとう」
恵美の目にうっすらと涙が浮かぶ。それを見て、俺は原田の耳元に顔を寄せ、小声で祝いの言葉を告げる。
「原田、おめでとう」
原田はそっと俺に目を向け、嬉しそうに目を細めた。
こんなにも幸せな瞬間に立ち会えた親はそうはいないだろう。颯太の身体に入っていたからこその経験だ。この時ばかりは神様に直接会って感謝の言葉を伝えたいと心底思った。
「それじゃあ、そろそろ帰りましょうか。自宅まで送ります」
原田はそっと右手を差し出すと、恵美は照れ臭そうにしながらも婚約指輪が光る右手を原田の手に乗せた。
きっと誰も知らない人から見たら仲睦まじい家族に映っているのだろう。俺が居なくなった後もこんな家庭なら颯太も幸せになるに違いない。そう願いたい。
不意に睡魔が訪れる。
(ヤバいな……もう眠気が。子供だから仕方がないか)
もう少しだけ幸せそうに微笑み合うふたりを見ていたい気持ちがあったが、重くなる瞼に逆らえないまま深い眠りへと落ちていった。
次に目が覚めた時にはもう日が上り、窓の外は太陽の光で溢れていた。
(あの後、原田と恵美はどうしただろうか?)
いい大人同士だ。俺がもう何もしなくてもうまくやるだろう。
それよりも原田からプロポーズされた事を直子が知ったらどんなに喜ぶだろうかと想像するだけで、今日会うのが楽しみになってくる。恵美の離婚を直子なりに気にしていただろうから、こんなにめでたい報告を聞いて喜ばないはずはない。
俺は清々しい1日の始まりを感じながら、ベッドの上で伸びをしながら起き上がった。
(今日は直子の家でクリマスだ!! 夕方が待ち遠しい!!)
もう起きて居ない恵美のスペースに目をやると、そこにはクリスマスカラーの大きな袋に金色のリボンが付いたプレゼントが置かれている。
(これはっ……例のやつか)
もう中身は分かっているが開けないのもおかしいので、俺はそっとリボンを外した。袋の中を覗くとメリークリスマスと書かれたメッセージカードと箱が入っていた。箱には怪奇レンジャーのロゴが入っていたので、俺が颯太の気持ちになって頼んだ変身ベルトなのだと直ぐに分かった。
(リビングへ行ったら子供らしくはしゃがないといかんな……)
箱を持ち、俺は深呼吸をする。
(俺は子供……俺は颯太……よしっ!!)
俺は喜びの声を上げながら、恵美の元へと向かった。
夕方、保育園へ迎えに来た恵美とそのまま直子の家へ向かって歩いていると、チラチラと舞うように空から雪が降り注ぐ。ホワイトクリスマスとは珍しいなと、俺は怪奇レンジャーの変身ベルトの入った箱を抱えながら眺めた。きっと原田が見たら大興奮に違いない。俺よりも原田の方が喜ぶ代物だ。せっかくだから一緒に遊んでやろうじゃないかと、内心楽しみにしている自分がいる。
「変身ベルト、持っていかなくても良かったんじゃない? ばあばの家まで持って行ける? ママはこの後ケーキを持たなきゃいけないから、持ってあげられないんだよ?」
「いいの! 原田兄ちゃんに見せるから……最後までぼくが持つから心配しないで!」
「本当に最近の颯太はお兄ちゃんらしくなったね」
「へへっ」
それは中身が大人だからな、なんて密かに思うも、颯太が褒められたのは素直に嬉しかった。
道中、予約したお店でクリスマスケーキを受け取り、恵美が口遊むクリスマスソングを聞きながら直子の家へと向かった。もう家の前に到着していた原田と合流し、直子の待つ家へと入る。
「あら、原田さんもいらっしゃい! 颯太くん、凄いプレゼントもらったんだね〜。ばあばに後で見せてちょうだい」
「うん!」
来て早々、原田は恵美にプロポーズしたことを伝え、クリスマスパーティーの前に結婚前祝いが開催されてしまった。
「本当におめでとう!! わたしは本当に嬉しいわ……原田さんならわたしも安心よ」
予想的中。涙を浮かべながら喜ぶ直子。
だが、実際にその姿を見ると俺も再び込み上げる嬉しさから心が暖かくなっていった。
「颯太?」
恵美が驚いた顔で俺を覗き込む。
「どうした? どっか痛い?」
どうやら、直子の涙を見てもらい泣きしていたようだ。静かに流れた涙を俺は笑顔で吹き払う。
「なんでもないよ……喜んでるばあば見たら、ぼくも嬉しくなっちゃったんだ」
「颯太くんは本当にいい子だね」
直子が優しく俺の頭を撫でた。
妻に子供扱いされるのはまだ複雑で、照れたふりをして原田の方へと向かった。
「お兄ちゃん、クリスマスパーティー終わったらこれで遊ぶ?」
「これって、怪奇レンジャーの変身ベルト!? 最近のおもちゃってクオリティ高いな!!」
俺よりもおもちゃに興奮する原田に、直子と恵美は子供が増えたと笑い合う。
きっと、これが浩之にとって最後のクリスマスになる。俺はこの幸せな瞬間を胸に刻んだ。




