表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/101

7話 深まる疑惑

 俺は5人兄弟の末っ子として生まれた。

 住んでいたところは都会とは程遠い田舎で、生活も豊かとは言えなかった。母も父も小さな酒屋を経営していて、休みなく働いていた記憶がある。長男は高校卒業後に酒屋を継ぎ、その他の兄弟はほとんど違う土地で就職した。俺もなんとか高校まで行かせてもらい、そのまま東京の会社に就職した。


 初めての都会生活、初めての会社での人間関係は楽しいことばかりではなかった。時には田舎に戻ろうかと考えたこともある。しかし、帰ったところで田舎での就職は限られたものしかない。それに周りが知り合いだらけの集落生活にはほとほとうんざりしていた。

 俺は厳しい上司の下で懸命に働き、行きたくもない飲み会にも進んで参加した。そして、がむしゃらに仕事をしてきた結果、気がつけば40歳目前。恋人をつくった時期もあったが、仕事中心の生活をしていたせいでどれも長続きしなかった。

 結婚も諦めかけていた頃、当時の上司がお見合い話を俺に持ち込んできた。それが妻との出会い。

 上司の知り合いの娘とお見合いというのは気が引けたが、安易に断ることもできなかった。


「はじめまして、直子と申します」


 待ち合わせしたホテルのラウンジにやってきた直子は、素朴で清楚な女性だった。年齢は33才で、俺とは6つ離れていた。一目惚れとまではいかないが、素直に直子と結婚したいと感じたのが記憶に残る。

 それから一年も経たずに式を挙げ、夫婦生活がスタートした。

 直子は従順で、専業主婦として俺に尽くしてくれるいい妻。しかし、なかなか子宝に恵まれなかった。

 今では不妊治療という選択肢もあるが、当時はそこまで考える時代ではない。ようやく子供を授かることができたのは結婚してから5年後のことだった。


「美しく恵まれた子供になるように、恵美ってどうかしら?」


 女の子だと分かった妻が名前を決めた。俺は産まれてきてくれさえすれば何も文句はない。

 そういう意味合いを込めて、

「直子の好きにしなさい」

 と答えた。


 恵美が生まれ、俺は子供と妻を養っていかなくてはいけないという責任感からより一層仕事に没頭した。

 それからあっという間に月日は流れ、45年働き続けた会社を定年退職。

 平凡ではあるが、自分の人生は順風満帆だと信じて疑っていなかった。


(これから直子とふたりでゆっくり老後の生活を楽しもうと考えていたのに……あっさり死ぬなんてな)


 パソコン画面に写し出されるニュース記事を眺めながら、俺は悔しさと悲しさに唇を噛み締める。

 それは自分の交通事故の記事だった。


 《都内に住む65歳・男性が道路から飛び出し、走ってきたトラックに跳ねられた。病院に搬送されるも、そのまま息をひきとる。当時男性は酩酊状態だったため、自殺ではなくただの事故死と警察が判断した。》


 俺は何とも言えない切なさに目尻が熱くなる。


(泣いている暇はない……俺にはやるべきことがあるんだ!)


 検索ワードに新たな文字を打ち込む。


 《スマートホン 操作方法》


 検索結果に俺はニヤリと口角を上げた。


(これで手軽に情報を得られるようになるぞ!)


 時刻は4時を当に過ぎていた。

 今日は妻の直子にも会わなくてはならない。少しでも寝ておかなくてはならない。


(戻ろう)


 俺はパソコンの電源を落とし、そっと恵美の寝るベッドへと戻った。布団に入った瞬間、また激しい眠気が襲ってきた。


「ま、り……ん」


 意識が遠退く中で、俺は智貴の寝言を耳にする。だが、子供の体では睡魔に勝てなかった。



 再び俺が目を覚ますと、もう部屋の中は太陽の光が差し込み明るくなっていた。


「何時だ!!」


 俺は飛び起き、目覚まし時計に目を向ける。時刻は8時。

 隣に寝ていた恵美の姿はなく、智貴もベッドから居なくなっていた。


「あいつ……変な寝言言ってなかったか?」


 眠りに落ちる寸前だったからはっきりと聞いたとは言い難い。けれど、耳にはしっかりこびりついている。


「まり……」


 確かにあれは名前だ。


(やはり、あいつについて調べる必要があるな)


 昨夜の俺に対する冷たい目線が気に食わない。恵美に対する態度もぞんざいだ。

 その裏側には大きな秘密がある、そう確信した。


「颯太、起きた?」


 寝室に恵美が入ってくる。


「お、おはよう……ママ」


 恵美をママなんて呼ぶのはひどく抵抗感があった。しかし、今の俺は息子の颯太だ。

 颯太の人格が戻ってきた時のためのことを考えると、ここは恵美の息子として徹しなくてはならない。


「パパは?」


「もうお仕事行っちゃったわよ。今日はぐっすり寝てたね……夜も起きなかったし」


 娘に言われて初めて気が付いた。オムツが湿っぽい。


(嘘だろ……この年でおねしょ)


 ベッドから下りると、ずっしりした重量感が下半身に伝わってくる。


「ほら、おむつ交換しようか」


「下の世話は要らん!」


 咄嗟に叫んでしまった。恵美が固まる。


「あ、自分でやれるよ」


 気が緩むとつい口調が戻ってしまう。いかんいかん。

 俺はにっこりと笑顔をつくった。


「僕自分でできる!」


「そっか。颯太も成長したんだね」


 なんとか回避できたようだ。俺はほっと安堵する。


「あ、朝ごはん食べて少ししたらおばあちゃんの家へ行こうね」


「うん!!!!」


 今日は待ちに待った妻との再会の日だ。

 俺が死んで4年、独りでどんな生活をおくっているのだろう。寂しく過ごしているのか、体調を崩したりしていないか、なにか不便はないか、そんな不安ばかりが心に募っていく。


(直子……もう少しで会えるからな)


 一階に行くよと手を広げる恵美。俺は恥ずかしさを取っ払い、抱っこに応じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ