60話 事故現場
めでたく恵美と原田が付き合うことになってから一週間後。原田はまた俺の実家へと呼ばれていた。
退院後、術後の傷口を見せに行くため直子が病院へ行くため、恵美も付き添うことになったのだ。
「わたしひとりで大丈夫なのに……原田さんも休みの度に迷惑かけちゃってごめんなさいね」
「いえいえ、俺が好きで来てるので気にしないでください!」
直子は恵美の車に乗り込み、姿が見えなくなるまで繰り返し頭を下げた。俺と原田は笑顔でふたりを見送る。
「さて、俺たちは何をしてましょうか? ただお留守番ではつまらないですよね? 良かったら、部長が行きたい場所とかあれば連れて行くんで言ってください!」
確かにと、俺はしばし考え込む。
直子と恵美がいる時はどうしても颯太を演じて過ごさなくてはならない。そのふたりがいない今、俺はようやく浩之としての時間を過ごせる。ただ、身体は3歳男児。まさか久しぶりに居酒屋に行きたいとは言えない。
(久しぶりに本屋にでも行くか? 恵美と行っても絵本しか見れないからな……堂々と俺好みの本が見られる)
一瞬、本屋に心が傾いたのだが、俺はある事を思い出し、原田の顔を見上げた。
「原田、あの場所へ俺を連れて行ってくれないか?」
「あの場所って?」
原田は笑顔で俺を見下ろした。
「俺が事故にあった場所だ」
俺の目的を知った原田は何も言わずに頷くと、外に停めてあった自分の愛車へと駆け寄り、後部座席側のドアを開ける。
「そんなこともあろうかと姉から借りてきたチャイルドシート、バッチリセッティング済みです!!」
「抜け目がないな……やるじゃないか、原田!」
原田の助けを借り、チャイルドシートへ座り、いざ目的地へと走り出した。
出発して30分が経過したところで、地区のパーキングエリアに車を停める。
「ここからは歩きですね」
原田先頭でそこから15分ほど歩いたところにその場所はあった。いつか夢で見た大きな橋。この途中で俺は道路へと飛び出し、車に轢かれた。
(現場を見たら、あの日の事を少しは思い出せるかもしれない)
原田とゆっくり橋を歩いていく。橋の上は風が吹き抜け、日差しがあるのにもかかわらず寒く感じた。
「ここです……あれ?」
橋の半分付近で足を止めた原田が何かに気がつき、目線を地面に向けた。俺もその視線を追うように目線を下へと落とすと、歩道の隅に真新しい花束が置かれているのが視界に入り込む。
「部長にですかね?」
「そういえば、俺を轢いた相手はどうなったんだ?」
「一度その場から逃げてしまったらしいんですが、すぐに引き返してそのまま逮捕されたと聞いてます。もしかしたら、その遺族の人が来て置いていったのかもしれませんね……部長の後にここで事故が起こったという話は聞いてないので、きっとそうでしょう」
「そうか」
俺は小さく返事をしてから、辺りを見渡した。行き交う車、長閑な河川敷を眺められる大きな橋、歩道に植えられたツツジ、夜には煌々と地面を明るく照らすであろう街灯、なんの変哲もない風景が広がっている。
ここに来れば何か記憶のヒントになるものが見つかったり、あの日の出来事を思い出せるかもしれないという淡い期待を抱いていた。しかし、今のところそのような予兆はない。
「部長、まだあの日のことは思い出せないですか?」
「さっぱりだな。うっすらとここで人影を見たような記憶はあるが……それも曖昧なんだ。もしかしたら、本当に酔っ払って道に飛び出したのかもしれない。そう考えると、俺を弾いてしまった相手には申し訳ない事をしてしまったな」
また地面に目線を移し、花束の近くにしゃがみ込んだ。
「颯太の身体に入った時は自分がどうして死んだのか知りたくて仕方がなかったが……今は、相手の人のためにも真相が知りたい。自分のせいなら俺自身が償わなきゃならないし、もし第3者が原因をつくってしまったならそれを明らかにしなくてはならない」
「部長……」
「残された直子や恵美のためにも俺はやはりあの夜のことをはっきりさせたい」
原田は俺に寄り添うように隣にしゃがみ込むと、ポンポンっと肩を叩く。
「それなら俺をとことん頼ってください! なんたって俺は部長の息子になる予定の男なんですから任せて管なさい!!」
ニカっと歯を見せて笑う原田が子供っぽく感じる反面、心強くも感じた。
「原田、ありがとう」
「なんだか照れますね。部長を今度はお義父さんって呼ぶ日が来るかもしれないなんて……」
嬉しそうに口角を緩ます原田。さっきまでの頼もしさが台無しだ。俺は気を引き締めてやろうと力いっぱい原田の背中を叩く。
「俺をお義父さんと呼ぶにはまだ早いぞ! まだ恵美と付き合い出しただけで、これからプロポーズという重大なイベントがあるんだ。それをクリアしなければ、正式な息子とは呼べないからな?」
ニヤけた表情は急激に青ざめていく。本当に分かりやすいやつだ。
「そうですね。結婚前提のお付き合いってことだから少し安心しきってました……俺がヘマしたら、断られることだって十分ありますもんね」
「まあ、そう落ち込むな。今のままのお前なら大丈夫だろう」
「はい。けど、恵美さんのために俺もっと頑張ります!!」
落ち込んでもすぐに前を向くのが原田の一番の長所だ。会社で一緒に働いていた時、原田の前向きな思考は営業に向いていると俺は見抜いていた。やはり俺の見る目は間違っていなかったようだ。
「俺も自分の記憶が早く戻れるように頑張らなきゃいけないな」
「部長……それなら行きましょう」
「どこへ?」
俺の問い掛けに原田は曇りのない笑顔を見せた。
「部長と同じ現象が起きた人のところへです。記憶を取り戻すためにも会いに行きましょう!」




