49話 仮病
「もうすぐ発表会があります!! みんなはお父さんお母さんにダンスと歌を見てもらうんだけど、どんなのが良いかな?」
登園して、教室にみんなが揃ったところでなつ先生が大きな声で問い掛ける。その声に反応するように、一斉にみんなの手が高く上げられた。
「奇怪レンジャーの歌がいい!!!」
「プリティー戦士のダンスの方が可愛い!!」
そのふたつは予め想定していたのか、なつ先生はホワイトボードにタイトルを素早く書いていく。数分も経たずにホワイトボードは様々な曲名で埋め尽くされていった。有名なアニメ映画の主題歌もあれば、流行りのアイドルや海外アーティストの曲など、20曲ほどのタイトルが並んでいる。
昔であれば先生が決めた童謡を歌ったり、踊ったりしていたと思い耽るところだが、今日の俺は違っていた。
(……どうしたものか)
「颯太くんは手を上げてないけど、何か好きな曲はないのかな?」
手を開けずにただ座っているだけの俺を見つけたなつ先生が問い掛ける。そこで俺はようやく我に返った。
「ぼくは……」
答えようとした俺の腕を誰かが掴み上げる。
「颯太くんも奇怪レンジャーがいいって言ってる!!」
意思確認もなく、大河が勝手に答えてしまった。だが、ある意味これは救いだったかもしれない。大河が言わなければ俺はみんなの前で大昔の歌謡曲を叫んでいただろう。この場の空気が凍り付かずに済んで何よりだ。
なつ先生が少し心配そうに俺の顔を窺う。
「颯太くん、本当に?」
「はい。大河くんの言った通りです」
素っ気無く返事をした後、また別のことに意識を集中させた。
(……仮病なんて使ったことがないが、子供はどんなことを言えば休めるんだろうか?)
明後日は俺の月命日。原田に宣言した通り、俺は仮病を使って保育園を休む計画だ。
だが、大きな問題がひとつある。長い人生を生きてきたが俺は一度も仮病を使ったことがなかった。風邪も数年に一度しか引いた事がなかったし、入院するような大病も患ったことがない。健康体だったことをずっと感謝して生きてきたからか、状況に応じた仮病の使い方がよく分からなかった。
ただの頭痛や腹痛はあまり重大性に欠けるため、保育園へ行く羽目になるだろう。一度保育園へ行って、そこでも具合が悪いと訴えれば帰れる可能性は高い。だが、それだと保護者に連絡が行き、結局は恵美に迷惑をかけてしまう。更に恵美が会社を早退してしまったら、実家に行けずに病院へ連れて行かれるのが確定だ。それでは目的が達成できずに終わってしまう。
(なんとかして月命日の日は実家に行かなくては……しかし、熱を出したと偽装したらそれこそ病院へ行かなくてはいけなくなってしまう。仮病を使うのも難しいものだな)
曲決めのために多数決が行われ、辺りが一段と賑わい出した。
「颯太! ボーッとしてたらダメじゃん!」
大河が容赦なく俺の背中を叩く。
「分かった分かったから」
強制的に現実に引き戻され、俺は目の前のことに意識を移した。
「奇怪レンジャーの曲がいい人!」
お目当てのタイトルが読まれ、隣にいる大河が勢いよく手を上げる。一歩遅れて、俺も手を掲げた。
多数決の結果は断トツで奇怪レンジャーの曲だった。
「なら、奇怪レンジャーの曲で決まりです! 先生がダンスを考えるから、みんなは先に歌を覚えるようにしましょう!」
自分の選んだ曲が選ばれずガッカリと肩を落とす児童もいたが、人気番組の曲に文句を言う人は少ない。なので、なつ先生の言葉にみんなは素直に返事をした。
「発表会までまだ少し日にちはあるけど、最近寒くなってきてるからみんな風邪には気をつけてください! これからお外で遊ぶ時間だけど、教室に戻ってきたらしっかり手洗いうがいを忘れないように!」
最後の声掛けを合図に、みんなは外遊びの準備を行い始める。だが、俺はひとり違う場所へと向かった。
保育園の玄関ホームには保護者向けの張り紙などが何枚も貼り付けてある。俺はそれ一枚一枚目を通していった。
ーー季節性の風邪について。
そのタイトルに俺の目が止まる。
ーー発熱があった場合は24時間様子を見ましょう。熱が引かない場合は掛かりつけの病院へ受診してください。検査結果が分かったら園へ報告をお願いします。
(……なるほど。熱を出しても直ぐ病院へ行かなくてもいいのか)
「颯太くん、どうしたの? みんなお外遊びに行っちゃったよ?」
教室から出てきた俺に気が付いたのか、なつ先生が慌てて駆け寄ってきた。
「なつ先生、質問してもいいですか?」
「なにかな?」
「季節性の風邪はどうして熱を出してもすぐに病院へ行かなくてもいいんですか?」
「それはね、悪い菌が身体に入ったばかりだと病院の検査では見つけられにくいの。だから、一日置いて悪い菌が身体の中で増えた頃に検査しなきゃダメなのよ」
俺は小さく、なるほどと呟く。
「けど颯太くん、漢字も読めるの? すごいね〜」
「ぼく、クイズ番組が好きなんだ。だから漢字は得意だよ」
「さすが転生者だね」
なつ先生はいつものように違和感も抱かず、俺をそう褒めた。このままだと、俺のあだ名は転生者になってしまいそうだ。
「それじゃ、そろそろみんなとお外で遊ぼうか。今日は風もなくて暖かいけど、上着は着ていこうね」
「はい」
俺はにこやかになつ先生に付いていく。
(ひとまず仮病は熱を出すしかいい方法はなさそうだな。あとは俺の名演技か)
明後日にもしかしたら事故の真相が分かるかもしれない。そう考えただけで俺の心は落ち着かなかった。




