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第8話 魔法使いの師

 食事が済んだから神殿の掃除をしよう。


「まずは瓦礫の撤去でもしましょうか。とりあえず神殿の裏に捨ててもいいですか」


「かまわぬぞ。お主のやりたいようにしてくれ」


 それでは私のやりたいように片づけを進めていこう。


 そう意気込んだが、瓦礫のほとんどは割れた石床の破片や倒れた石の柱だ。


 細かい石片なら運べるが、重たい石を運ぶのは至難だぞ。


「おや、どうかしたか?」


「ユミス様、さっそく問題に直面しました。私とユミス様ではあの石柱を運び出せないかと」


 私は若返ったが、残念ながら膂力りょりょくは以前とさほど変わっていないらしい。


「むう、そうか。それは困ったのう」


「引きずれそうな石なら運び出せますけど、あの太い柱は運べそうにないです」


「ふむ、人間ひとりの力では持ち上げられないほどの重量であることが原因なのじゃな。なら、そなたに一時的に力を授けれてやればよいか?」


 ユミス様が短い腕を私に伸ばした。


 淡い力が私を包み出して……これは魔法? バフをかけてくれたのか?


「これであの柱も運べるようになるじゃろう。ちょっと持ち上げてみい」


「は、はい」


 半信半疑ながらも柱に手を伸ばしてみる。


 こんな柱、持ち上がるわけ……持ち上がった。


 っていうか、めちゃくちゃ軽い! 人の背よりもはるかに高い柱が綿わたのように軽いぞっ


「すごい! さっき、何をされたんですか!?」


「うふふふ。気になるかのー?」


 この人、実は相当すごい人なんじゃないか!?


 腕の力を上げるバフをかけてくれたのだろうが、こんなに驚くほど強力なバフは生まれて初めて見た。


 しかも詠唱をまったくしていなかったぞ。詠唱しないで魔法って使えるの!?


「ユミス様、すごいです! ユミス様って実は魔法の達人なんですか!?」


「おほほほほ。じゃから神じゃと何度も言っておろう。神の力を人間のそれといっしょにするでないぞ」


 光の精霊のようにふよふよと浮いているこの人は、本当に神様なのかもしれない。


「ヴェンは魔法に興味があるのか?」


「はいっ。一応、生まれ変わる前は魔道師志望でしたから」


「ほう。こんな力を使いたいと思う物好きがいるとはのう」


 魔法は初級と上級に分かれている。


 初級の魔法はレベル十までで、冒険者ギルドで手ほどきを受けることができる。


 上級魔法を習得するためには達人や熟練者に師事しなければならないのだが……こんなところで偶然にも達人と出会えてしまうなんて。


「魔法にはいろんな系統があるが、ヴェンはどんな魔法が好きなんじゃ?」


「私が専攻しているのは水と風の魔法ですね。火や土の魔法も学びたいのですが、時間が足りないので」


「ふむ。水と風か。わらわも両方とも操れるな」


 なんと!


「ななっ、なんじゃ!?」


「ユミス様! どうか私を弟子にしてくださいっ」


「ででで、弟子……?」


「私は上級魔法を学びたいんです。なんでもしますから、この通りです。私を弟子にしてください!」


 私は今、転機に立っている。


 ユミス様から上級魔法を教わって最強の魔道師になるんだ。


「ほほ。お主、今、なんでもすると言ったの?」


 ぎくり。勢いにまかせて無責任な発言をしてしまった。


「そ、それは……」


「なんでもするということは、わらわの要求をなんでものむということじゃな?」


 まずい。この人の今までの言動から察するに、途方もない要求(主にエロ系)を突きつけられるかもしれないぞ。


「なんでもする……というのは、あくまで人間の常識の範囲内のものでして、その――」


「ぐふふふ。ならばわらわの愛人になるのじゃ!」


 ユミス様の予想を少しも裏切らない返答に、私は思わずこけてしまった。


「あ、愛人って……」


「うそじゃ。この神殿をもう少しきれいにしてくれ。そうすれば、そなたの願いをかなえてやるぞ」


 え……っ、それだけでいいの?


「どうした。間が抜けたような顔をして。それとも、普通にどぎついプレイを要求した方がよかったか?」


「い、いいえっ」


「ならば、その辺の柱をとっとと裏へ運んどくれ。力が必要であれば、魔法をまたかけてやるゆえ」


 ユミス様は純粋無垢な表情で笑っておられた。



  * * *



 今日は広間の瓦礫を撤去している最中に夜を迎えてしまった。


 夜は海辺の前で火を焚いて暖をとることにした。


「もう少し掃除がはかどると思っていましたが、広間の掃除しかできませんでした」


「そら、仕方ないじゃろう。あれだけ荒れてたんじゃ。一日二日でどうにかなるものではないわ」


 ユミス様は昼間に宣言されていた通り、一度も食事を摂られていない。


 今も焚き火の前でふよふよと浮いてるだけなのに、心なしか肌のツヤがよくなっている。


「ユミス様。なんか潤ってますね。今朝よりも」


「ほほ。そなたが神殿を手入れしてくれたからじゃよ」


 ユミス様が小さな翼をばたつかせて私にすり寄ってくる。


 それを左手でいなして夕食の肉をかじった。


「昼間も話したじゃろう。そなたの信仰がわらわの糧であると」


「そうですね。信仰というのは祈りだけじゃないんでしたっけ」


「そうじゃ。そなたが神殿を掃除してくれたり、お供えをしてくれれば、それが信仰となってわらわの力になるのじゃ。要するに、そなたがわらわを思い、大切にしてくれることでわらわは力を得て、生き永らえることができるのじゃよ」


 うそのような話であるが、ユミス様の言うことは重大な事実なのだ。


「神様は私たち人間と違って食事を直接摂らない。人間が祈ることで栄養を摂取することができるようですが、自律できないというのは不便ですね」


「そうかもしれんのう。神は人間に祈りを強制することもできないからのう。わらわはマイナーな神じゃからその辺かなり苦労するが、わらわの父や母は毎日たくさんの人間から祈られてるから、うらやましいかぎりじゃ」


 ユミス様の……父と母?


「ユミス様にご両親がいるんですか」


「当然じゃ。ヴェンは知らぬか? ヴァリマテとラーマを」


 創造神ヴァリマテと大地の女神ラーマ!


「知ってます。ヴァリマテは地上のすべてをつくられたという神様。ラーマは農耕や豊穣ほうじょうを司る重要な女神様じゃないですか。伝承の通り、あのおふたりがユミス様のご両親なんですか!?」


「伝承……人間界で伝わってる逸話のことじゃな。それはよう知らぬが、わらわはヴァリマテとラーマの間から生まれおった。かれこれ五千年くらい前だったかのう。兄や姉も優秀じゃから、わらわだけかのう。信仰に飢えておるのは」


 ユミス様でも劣等感に苛まれることがあるのか。


「人間は『運命』などという抽象的な概念よりも、農耕や商売など利益が実感しやすいものを好むのじゃ。それが人間のさがなのじゃから、致し方ない。わらわはわずかな信仰にすがって生きていくしかないのじゃ」


 ユミス様の寂しげな表情は、見ていられなかった。


 神と己を同一視なんてするのはおこがましいが、この方も私のように苦しんでおられるのかもしれない。


「なんてな。わらわには最強の愛人ができたから、なんも困ってないぞよ!」


 この人を独りにしてはいけない。


「ユミス様、明日も神殿を掃除しましょう。ぼうぼうに生えた雑草、根こそぎ抜き取ってやりましょう!」


 私が強い言葉を投げかけると、ユミス様がなぜか目をまるくされた。


「お、おおっ」


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