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第21話 馬車と犬の亜人

「グーデンは交通の要衝で、多くの行商や冒険者が行き交う大きな街です」


 小さな森を抜けると草原へとつながっている。


「ほう」


「冒険者ギルドとか武器屋なんかがたくさんありまして、多くの冒険者が拠点としている場所なんです」


 白や黄色の野草が咲く原っぱを越えると街道らしき道が見えてきた。


「冒険者御用達の場所なんじゃな」


「はい。かつて勇者として名を馳せた方が、冒険者のために建設された街なのだそうですよ。だから冒険者の施設が充実してるみたいです」


「じゃから、ヴェンもそこに住んでおったのじゃな」


「はい。せめて形だけでも冒険者らしくありたかったので。結局はただの背伸びでしたけどね」


 草原の真ん中を突っ切る街道は、馬車も冒険者もいなくて静かだ。


 二台の馬車が並走できるほど広いのに、馬車や人を見かけないのは少し寂しい。


「ユミス様。街まで歩くと疲れてしまいますから、通りがかった馬車に乗せていってもらいましょう」


「通りがかった馬車に乗せる? そのようなことができるのか?」


「はい。ここは行商が馬車に乗ってよく通行しますから、優しい方に運よく出会えれば街まで乗せていってもらえますよ」


「ほほう、それは良い案じゃのう!」


 どのくらい待てば馬車に乗せてもらえるかわからないけど、急ぐ旅ではないし。


「ところで、馬車というのはなんじゃ?」


「あれ……ユミス様、馬車を知らないんですか」


「うむ。知らぬ」


 こんなところにもユミス様の浮世離れした一面が垣間見えた。


「馬車は馬が荷台を引いているものを指すんですよ。馬は知ってますか?」


「馬は知っておるぞ。ヒヒーンと鳴く者たちであろう?」


「そうですね。人間が長距離を移動するために乗用する動物が馬です。その馬に荷台を取り付けて、複数の人やたくさんの荷物を運べるようにしたのが馬車なんです」


 どんなものにも興味をもたれるユミス様は、可愛らしい見た目も相まって本物の子どものように見えてしまう。


「馬に荷台をつける? なんだか意味がわからんぞ。そのようなことをしたら馬がかわいそうではないか」


「荷台といっても車輪をつけてますから、馬が引きやすいように工夫されてるんですよ。それに通常は複数の馬で荷台を引きますから、一頭の馬を酷使するわけでもありませんし」


「複数の馬で荷台を引くぅ? ますますもって意味がわからん……」


 私の説明が下手だったのか、ユミス様が地面に倒れ伏してしまった。


「馬車がそのうち通りますから、実物を見れば一目瞭然ですよ」



  * * *



 それから二台の馬車が通りかかったけど乗せてもらえず、三台目の馬車がやっと私たちの前に止まってくれた。


「ありゃ、ずいぶんとお若いお二人っすねー。こんな道のど真ん中で迷子っすかー?」


 荷馬車を運転していたのは、軽い口調と犬の見た目が特徴的なドグラ族の人だった。


 犬そのものの顔立ちと身体が目を引くが、人間と同じように二足歩行で生活する。


「すみません。グーデンまで乗せていってほしいのですが、よろしいでしょうか?」


「グーデンまで? てことは、あなたは冒険者様っすか? ずいぶんとお若いのに、幼い妹さんを連れて健気っすね……」


 この人はかなりいい人そうだ。


 白い毛に覆われた腕で顔を隠して、「おーい、おいおい」と泣きはじめてしまった……


「よし、わかったっす。そういうことであれば、おじさんにまかせなさいっす!」


「乗せていってくれるんですね。ありがとうございます!」


「気にするなっす。どうせグーデンに向かってたんだから、大した手間じゃないっす!」


 ありがたい。ご厚意に甘えさせていただこう。


「その見た目……そなたはドグラ族であるな」


 ユミス様が馬車に乗りながら尋ねると、ドグラ族の行商が目をまるくした。


「そ、そうっす」


「その特徴的な口調といい、お主らは太古の昔からちっとも変わらんな」


 ユミス様ってドグラ族のことは知ってるんだ。


「真面目に勤めているところを邪魔してすまぬな。ヴェンが馬車に乗りたいと申したゆえ、街までわらわたちを運んでいってくれ」


「はっ、はいっす!」


 ドグラ族の人も幼女っぽい見た目のユミス様が只者ではないと察したようだ。


 この馬車は果物を運んでいるようだ。


 狭い荷台にところ狭しと並べられている木箱には、リンゴやぶどうがたくさん入れられている。


「中の果物、適当に食っていいっす。だけど、持ち帰るのはダメっすよー」


 食べ物まで恵んでくれるなんて! いい人過ぎて涙が出てきそうだ。


「お主は良い者であるな。きっと神の加護が得られるであろう」


「そうっすか? お嬢さん、めちゃくちゃ賢いっすね。僕より頭よさそうっす」


 ユミス様が本物の女神だと知ったら、この人は卒倒しちゃうんじゃないかな。


「ユミス様……ではなくてユミはドグラ族のことを知ってるんですね」


「当然じゃ。ドグラ族は人間と同じく太古の昔から地上に棲息している種族であるからのう」


 ドグラ族って、そんな昔から地上に存在してたんだ。


「彼らの起源がいつの時代にあったのか、わらわもそこまでは知らぬが、ある時に犬と人間が交わってドグラ族が生まれた。人間より知能は劣るが、優れた忍耐力と人懐っこさで世界になくてはならぬ存在になっておるな」


 ユミス様が床に落ちたリンゴを拾った。


「ドグラ族は人間に好意的で、人間の街に溶け込んでいる者も多いであろう。人間よりも穏やかであるから、人間たちの諍いをやわらげたりもしているのであろう」


「そうですね。冒険者パーティも人間だけではなく、ドグラ族や他の亜人を編成した方がいいと聞きます。人間は他の種族より攻撃的なんでしょうか?」


「いや、そのようなことはないと思うぞ。亜人たちが人間にないものをもっているからであろう」


 亜人は動物の特徴を受け継いでいるからかな。


「猫の亜人のキャチ族や、兎の亜人のラビ族なども人間界でよく見かけるな。彼らは人間たちと相性がよいのであろうな。人間と敵対する者もいるが、皆で手を取り合ってほしいものじゃ」


 ユミス様もメネス様と同じように平和を願っているんだな。


「お二人とも難しいことを話してるんすねー」


 ドグラ族の行商が頃合いを見計らったように口を挟んだ。


「そのようなことはないと思うがのう」


「お嬢さん……歳いくつなんだい」


 そろそろユミス様を止めた方がいいかも。


「なんとなく車を止めてみたけど、珍しい出会いってあるもんなんすねー。もしかして、お二人とも有名人だったりするんすか!?」


「いえいえ、まったくの無名ですよ」


「そうなんすか? そんなふうには見えないっすけどね」


 有名になりたいとは思うけれども。


「僕はレトルっていうっす。よろしくっす!」


 礼儀正しいレトルさんに名前を告げて握手を交わした。


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