第12話 盗賊成敗
「おい、お前。ここにある金目のものを全部もってこい!」
先頭の男がナイフの切っ先をちらつかせてくる。
「早くしろっ。じゃねえと、このガキの命はねえぞ!」
やっぱりだ。すべて予想通りに動いてくれる人たちに感動すら覚えてしまう。
「おらっ、さっさとしろ!」
「このガキをぶっ殺されてぇのか!?」
こいつらの声もふるえてるな。
「ですって、ユミス様。どうします?」
「どうしますと言われてものう。人間の金品になるものなんて、ひとつもないし」
ユミス様は案の定というか少しも驚かれていない。
「ふざけるな! いいからさっさと金目のものを集めてこいっ」
「うーん、困ったなぁ。ほんとに金目のものはないんだよなぁ」
広間にあるのは祭壇くらいだ。
祭壇の上には何もなく、祭壇自体は床に取り付けられているものだからそもそも動かすことができない。
「地下の部屋を探せば何か出てくるのではないか?」
「地下ですか? けど、まだ掃除できてませんから雑草がぼーぼーで、とても入れたものじゃありませんよ?」
「そうじゃのう。困ったのう」
思案していると、だん、と石床を強く踏みしめる音が聞こえた。
「ふざけるなっ。ぶっ殺すぞ!」
「待ってください。話し合えばわかり合えますって」
「てめぇ、俺らが脅しだけで何もしないと思ってやがるだろ。だったら、かまわねぇ。このガキを痛めつけてやるよ!」
先頭の男がアゴをくいと上に動かした。
「マ、マジかっ」
「いっ、いいのかよっ」
ユミス様を拘束している者たちは目を見開いていた。
「いいからやれ!」
「で、でも……」
一応、ユミス様を助けた方がいいか?
人間がつくったナイフくらいでは、ユミス様を傷つけることはできなそうだが……
「ユミス様!」
「わかっておるぞ」
ぼん、とユミス様が白い煙に包まれる。
「な、なんだ!?」
ユミス様が変化して小猫の姿に……隙あり!
「ウィンドブラスト!」
右手を突き出して突風を発生させる。
強い風は盗賊たちを吹き飛ばして向こうの壁に押しつけた。
ユミス様は身軽な動きで突風を受け流しておられた。
「ふぅむ、魔法の名前を言うとは。ウィンドブラストの無詠唱はまだ不完全のようじゃのう」
猫のユミス様が跳躍して私の肩に飛び乗った。
「すみません。なんだか不安でしたので」
「それではだめじゃぞ。実戦で使えぬようでは、大事な局面で必ず失敗する。失敗がなくなるまで反復するのじゃ」
ユミス様ってやっぱり割とスパルタだ。
「それと言い忘れておったが、わらわは人間たちを直接攻撃することはできん」
「えっ、それはどうしてですか」
「神は力が強すぎるゆえ、人間界の者たち……魔物も含めてじゃが直接攻撃してはならんしきたりがあるのじゃ。ゆえに、此度のように外敵から襲われたときは、そなたがすべて対処するのじゃ」
ユミス様がそんなしきたりに縛られていたとは。
「わかりました。がんばって上級魔法を習得します」
「うむ。そなたならできる」
小猫のユミス様が私に頬ずりした。
盗賊たちは向こうの壁際でうめき声を発していた。
足もとに落ちていたナイフを拾って盗賊たちの下へ近づく。
「強く打ちつけてしまいましたかね。大丈夫ですか」
盗賊たちは苦しそうにしているが、三人とも意識はあるようだ。
「ここには何もないから、他所へ行くのじゃ」
「お前たちは、何者なんだ……」
「われらは、そうじゃな。神とその愛人といったところじゃの」
「ユミス様! 大事なところでボケないでくださいっ」
ユミス様が猫の姿のまま「おほほ」と笑った。
「神……だとっ」
「わらわたちがここにいたのが、そなたらの運の尽きよのう。わらわたちがいないときを狙えばよかったものを」
「俺たちを、どうするつもりだ」
どうすると言われても……処罰とかはしたくないよなぁ。
「ヴェン、どうするのじゃ?」
「そうですね。武器は取り上げさせてもらいますけど、それだけでいいんじゃないですかね。私たちは大して被害に遭ってる訳でもないですし」
「そうじゃのう。わらわとしても血なまぐさいのは勘弁じゃ」
ユミス様が魔法を唱えて、盗賊たちが大きな水のかたまりに包まれた。
「な……!」
「その傷、治してやるから大人しくしておれ」
これは、ヒールウォーターなのか?
ヒールウォーターは初級だとかすり傷を治癒する程度のしょぼい魔法だ。
だがユミス様が唱えられたヒールウォーターは極大な水で、男たちをすっぽりと包み込んでしまっている。
その後に水はすぐに消失して、男たちは茫然と立ち尽くしているだけだった。
「どうじゃ。痛いところはもうないじゃろ?」
「あ、ああ……」
ユミス様の魔法はやっぱり凄まじい……
「何をしたんだ」
「ただの回復じゃ。そんなにうろたえるでない」
「回復だとっ」
「なんじゃ。そなたらは回復魔法も知らぬのか? 切ない人生を歩んどるのう」
男たちはビクビクと震えて、玄関の方へと移動しだした。
「おっと、そうじゃ。ひとつだけ条件を与えよう。運命の女神ユミスを信仰するのじゃ」
「うわあぁぁ!」
盗賊たちは叫びながら逃げ出してしまった。
「ユリの花のシンボルを買って毎日お祈りするのじゃぞー!」
「どさくさに紛れて飯づるを増やそうとしないでください」
あの三人はもう襲ってこないだろう。
「この前のバフもそうでしたけど、直接攻撃さえしなければ何をしてもいいんですね」
「そうじゃ。わらわが害意をもって直接そなたらを攻撃しなければ、何をしても大丈夫じゃ」
「では、攻撃する気がなかったけど偶然当たっちゃった……みたいな場合はどうなるんです?」
子どもの姿に戻ったユミス様が顔をしかめる。
「微妙じゃな。許されはするが怒られるかもしれん」
「怒られる? 誰に?」
「誰にって父上に決まっておろう」
ユミス様の父上は主神ヴァリマテ様だったっけ。
「神様って割と世俗っぽいところがあるんですね」
「ほほ。神といえども人間界で好き勝手できる訳ではない。そうやって世界の均衡を保っておるのじゃ」
世界の均衡、か。なるほど。
「ちなみにですけど、ユミス様が神のしきたりを破ったらヴァリマテ様からめちゃくちゃ怒られるんですか?」
「んもう、めちゃくちゃ怒られるってもんじゃないぞぅ。たぶん百年間くらいお仕置き部屋に入れられて、ありとあらゆる拷問を受けさせられるのじゃ」
「お、お仕置き部屋……しかも百年も……」
「そうじゃ! おおっ、ちょっと想像しただけで戦慄が世界に走ったぞぉ」
神様のスケールはどんなものでも大きいんだな……




