第110話 黒十字団のギルマスは他にいる?
山間部の村に戻って黒十字団の一件を報告したが、村長や村の方々に信じてもらえなかった。
「ばかな」
「奴らを倒しただと? あり得ん」
村の方々は以前にこの手の話で騙されたことでもあるのか、私たちの話を聞こうとしなかった。
「わたしたちで黒十字団を倒したのに」
「残念だな」
借りている宿に戻る足取りが重い。
「村人たちはヴェンとアルマが賊を退治しているところを実際に見てないからの。それだけ、ここの者たちにとってあの賊どもは脅威じゃったのだろう」
「そうなんですかね」
ユミス様にフォローしてもらっても、落ち込んでしまった気分を戻すことはできなかった。
「たとえ村人たちから感謝されなかったとしても、ヴェンとアルマは良いことをしたのじゃ。胸を張ってよいのじゃ」
「はぁ」
「ユミス様ってこういうの、まったく気にしないですよね……」
とはいえ、落ち込んでいても何もはじまらない訳で。
「ここでやり残したことはないから、明日の朝にでもここを経とう」
村でいただいた野菜を炒めていると、村長が宿を訪ねてきた。
「村長。どうかしましたか?」
「ヴェンツェルさん。皆さんのことも頭ごなしに否定してしまって、申し訳ないと思いまして。詳しいお話を聞かせてもらえますか」
私たちのことを気にかけてくれたのか。
「もちろんです。食事を摂りながら話しましょう」
村長を宿に招いて黒十字団に関わる顛末を話した。
ユミス様の正体とお力を伏せて会話したが、よくよく考えると村人に信じてもらえないのが当たり前なんだと思った。
一日も経たずにアジトを見つけてしまったし、ギルマスのグレルマンも含めて黒十字団の全員をわずか二人で倒してしまったのだ。
ユミス様に関する部分を伏せるとどうしても不自然になってしまうので、村長もずっと難しい顔をされていた。
「聞けば聞くほど……信じられませんな」
「ですよね……」
「しかし、論より証拠と言いますか、奴らのアジトを実際に見せてもらえれば、私も含めて村人全員に証明できると思います。明日に村の男衆を連れて奴らのアジトまで案内してもらえませんか?」
村長の言葉は最もだ。
「わかりました。では、明日の朝に村の男性を集めてください」
「承知しました。それでは明日にまたお伺いします」
黒十字団のアジトに案内すれば、誰も異を唱えなくなるだろう。
* * *
翌日に村の男性を数人連れて、黒十字団のアジトにまた向かった。
お昼前に到着し、縄で縛りつけた黒十字団の連中を見せつけて、村人たちがやっと私たちを信じてくれた。
「ほんとに、黒十字団の連中だぜ」
「マジかよ」
「こいつ、知ってるぞ! この前、うちの畑を荒らした奴じゃねえかっ」
捕縛した賊に手を上げようとする村人を制止する。
「盗賊が相手でも一方的に手を上げてはいけません。王国にこのまま突き出すべきです」
「ふざけんな! こいつらには何度も苦しめられたんだぞ。王国にすんなり突き出して終わりにできるかっ」
「そうだそうだっ。俺らで制裁を下してやろうぜ!」
黒十字団を壊滅したことを証明したかっただけなんだが……この展開は予想してなかったなぁ。
「皆さん落ち着いて。私刑はダメです」
「うるせえ! にいちゃんは下がってろっ」
放っておいたら暴徒化するか。
呪文を唱えて氷の輪を発生させて、乱暴な村人たち数人の自由を奪った。
「うわっ、なんだこりゃ!」
「言うことを聞かれないので身体の自由を奪わせてもらいました。私に従ってくれたら魔法を解きます」
「な、なんだとぉ」
「あなたがたが恨む気持ちはわかりますが、どんな相手であれ私刑や人殺しはダメです。人の道に反する」
言いながら、ユミス様にかつて同じことを言われたなと気づいてしまった。
「ヴェンの言う通りじゃ。この悪人どもは然るべき者に預けて裁きの時を待つのじゃ」
村人たちがやっと大人しくなった。
「村長。後の対処についてはまかせてしまって、よろしいですか」
「はい。ヴェンツェルさん、先日は疑ってしまって、すみませんでした。皆さんは私たちのためにこやつらを退治して下さったというのに……私たちは情けないです」
「やめてください。何も気にしてませんから、頭を上げてください」
何も気にしてないのは嘘だが、話がややこしくなりそうで面倒だ。
「私らはあなたがたに大した報酬を与えられませんが、王国にこやつらを突き出せば多額の報酬が与えられると思います。それでよろしいですか?」
「はい。村長の言葉に従います」
「ほほ。また国から金がもらえるの」
フェルドベルクに入ってまだ一ヶ月も経っていないけど、何気に金を稼いでるな。
黒十字団の連中は悔しそうに舌打ちしているが、態度は意外と落ち着いている。
「ギルマスのグレルマンは逃してしまったが、奴も一人では活動できないだろう。お前たちの活動はこれで終わりだ」
冷酷に言い捨てたが、黒十字団の連中は顔色ひとつ変えなかった。
それどころか気味悪く笑いはじめた。
「何がおかしい」
「お前、勘違いしてるようだから言っておいてやるが、グレルマンはうちのギルマスじゃねえ」
なんだと。
「黒十字団は王国の東を中心に活動してる超巨大ギルドだ。俺らはその一部でしかねえ」
そうなのか?
いや、敵の言葉を鵜呑みにするのは危ない。
「口から出まかせを言うな」
「出まかせじゃねえさ。お前ら、他所から流れてきた連中だろ。そこの村の連中だって、俺たちのことは知ってるぜ」
村長に目を向ける。
「残念ながら、その男の言う通りです。グレルマンとギルマス? 黒十字団のリーダーのことでしょうか。その辺りのことは存じ上げませんが、フェルドベルクの各地で黒十字団が暴れて王国は対処に困っていると、前に聞いたことがあります」
男の主張は虚言ではなかったか。
「ならば、お前らのリーダーは誰だ。名を言え」
傲然と問い返すが、黒十字団の連中はまた気味悪く笑いはじめるだけだった。
「こんなつまらない問いでなぜ笑う?」
「お前ら、なんにも知らねえんだな。ギルマスの名は王国にいればすぐにわかる。つうか、お前らだって知ってるんじゃねえか? あのお方は有名だからな」
「ふざけるな。私の問いにちゃんと答えろ」
「ちゃんと答えてるさ。言っておくが、うちのギルマスには絶対に勝てねえぜ。グレルマンとは格もレベルも違うからな」
なんなんだ。こいつらの自信ありげか態度は。
「俺たちを王国に突き出すんだろ。好きにすればいいさ。だが、次に突き出されるのはお前たちだからな」
黒十字団はやはりただの盗賊ではない。
ペルクナスが黒十字団のギルマスだったりするのか?
そんなばかな。




